答えは巻末にない
石動凪人は、赤点を避けるために問題集を借りた。
貸してくれたのは、学年一位の真城だった。
「答えだけ写したら、次から貸さない」
「写さない。参考にする」
「同じ意味」
放課後の教室で、凪人は問題集を開いた。
一問目の横に、小さく『十五分考える』と書いてある。二問目には『図を描く』。三問目には『ここで諦めない』。
真城の書き込みだった。
答えの頁を開こうとすると、紙が一枚貼られていた。
『まだ早い。』
次の頁にも。
『本当に?』
その次には。
『ここまで来たなら、あと五分。』
「性格悪いな」
隣で自分の課題をしていた真城が顔を上げる。
「何か言った?」
「親切だなって」
凪人は一時間かけて一問解いた。
答えは合っていた。
二問目は間違えた。三問目は途中で止まった。真城はすぐ教えず、「どこまで分かる」とだけ訊いた。
外が暗くなり、下校時刻の放送が流れた。
最後の応用問題だけ残った。
凪人は答えの頁をめくった。
そこだけ切り取られていた。
「破いた?」
「最初から」
「答えないじゃん」
「古本だから」
「貸す前に言えよ」
二人で解いた。
黒板を使い、式を三回消し、机の間を行ったり来たりした。真城も途中で迷った。
「学年一位でも分からないの?」
「一位は何でも知ってる人じゃない」
「じゃあ何」
「分からないまま帰らない人」
下校時刻を十分過ぎたところで、凪人が答えを出した。
真城が計算し直し、頷いた。
正解かどうかは、切り取られた頁がないので確かめられない。
凪人は問題集の余白へ、二人の答えを書いた。
その下に真城が付け足す。
『暫定。』
翌日のテストで、似た問題が出た。答えの数値は違ったが、放課後に何度も消した式の順番だけは、手が覚えていた。
凪人は最後まで式を書き、ぎりぎり赤点を免れた。
問題集を返すとき、切り取られた頁の代わりに、自分で解説を書いた紙を挟んだ。
「正しい保証ないけど」
「だから残す」
真城は表紙を閉じた。
凪人が借りたのは答えの載った本ではなかった。
答えがなくても机を離れない時間を、放課後ごと借りていた。