結び目のないキープ

 雲上砦ウルマの兵糧は、キープの一本の紐に記されていた。

 黄は玉蜀黍、茶は干し肉、白は塩。紐の太さは倉の大きさ、結び目の位置は日数を示す。文字を持たぬ兵も、腹の残りだけは読めた。

 記録官アウキ・リマは、黄紐の最後の結び目を指で潰した。残り一日。それが消えればゼロだった。

 包囲する谷王の使者サヤックが、捕虜となった砦主の弟を連れて来た。

「兵糧のキープを見せろ。十日分以上あるなら弟を返す。九日以下なら、今夜総攻めする」

 砦主ユパンは歯を噛んだ。敵は数字を知りたい。兵の痩せ方だけでは、今夜か三日後か決められないのだ。

 アウキは黄紐へ、新しい結び目を一つ作った。

 十の位に。

 一日が十日に変わる。

「偽りは読まれる」

 ユパンが言う。

「使者は谷の記録官でした。結び方を知っています」

「ならなぜ」

「知っているから、急いで読みます」

 アウキは結び目の向きを逆にした。谷王国では十を表すが、山の古い記法では『空』を表す。どちらにも読める形だった。

 使者はキープを取り、黄紐へ指を走らせた。弟の喉へ当てられた石刃より、その指の方をユパンは恐れて見た。

「十日」

「そう読めます」

「違う読みがあるのか」

「記録は、読む者の国に従います」

 サヤックは睨んだ。空だと疑えば今夜攻める。十日だと信じれば包囲を続ける。

 アウキは視線を逸らさなかった。

 使者は弟を突き返した。

「谷王は十日も待たぬ。明朝、攻める」

 それがアウキの狙いだった。

 今夜では早い。二日後では遅い。明朝なら、東峰に昇る太陽が敵の投石兵の目を正面から焼く。

 しかも弟が戻った。彼だけが東壁下の隠れ道を知っている。

 サヤックが去ると、ユパンは黄紐を握った。

「一日分しかないのは事実か」

「半日分です。残りは使者へ出した歓迎膳に使いました」

「そこまでして明朝を選ばせたか」

「飢えは時刻を選べません。だから敵に選ばせます」

 夜が明ける。

 谷王軍が東斜面へ並び、朝日を背負う砦を見上げた。

 アウキは結び目のない黄紐を腰へ巻く。

 太陽の旗が、東壁に上がった。