編集長より上の奥付

読書感想文の表彰式で、藤苑ヶ丘志津葉は息子の原稿を出版社の封筒へ入れた。

「主人が文芸誌の編集長だから、受賞作は商業出版できるかも。皆さんのお子さんも、将来見てもらえるようお願いしておくわ」

榛原森理香子の娘は、古い図書館について書いた短い作文だった。

志津葉は題名だけ見て笑う。

「地味ね。ご主人、本の倉庫で働いているんでしたっけ? 編集者の家庭なら、文章の見せ方から違うのよ」

理香子は「出版社です」と答えた。

表彰式の来賓として、志津葉の夫・朝比良谷玲文が壇上へ上がる予定だった。彼は文芸誌の副編集長だったが、妻には編集長と呼ばせていた。

開会直前、玲文が入口へ走る。

「榛原森社長、お待ちしておりました」

理香子の夫・榛原森史惟は、国内最大級の出版社グループの代表取締役だった。物流部門から現場を学び、今も倉庫へ月二回入り、返品や在庫を自分で確認している。だから理香子は夫の仕事を「出版社の倉庫にも行く」と話していた。

志津葉は封筒を抱えたまま固まった。

「玲文、あなた編集長でしょう?」

「副編集長だ。編集長は別にいる。社長は会社全体の責任者だ」

審査結果が発表される。最優秀作は理香子の娘の〈最後の貸出票〉だった。図書館がなくなる寂しさだけでなく、読まれた本が次の人へ渡る仕組みを丁寧に書いていた。

志津葉は社長の娘だから選ばれたと不満を言う。

史惟は審査票を示した。氏名と学校名は伏せられ、外部作家三人が採点。彼は審査に参加していない。

一方、志津葉の息子の原稿には、母が書き直した別の筆跡が何か所もあった。息子は、自分の文章を全部消されたと泣き出した。

玲文は妻から出版社の封筒を取り上げた。

「会社名を使って、子どもの作品を売り込む約束をするな」

史惟は受賞作だけでなく、応募者全員の原稿を小冊子にし、本人の言葉を残す企画を発表した。

完成見本の奥付へ〈発行人・榛原森史惟〉、編集協力へ朝比良谷玲文の名が並ぶ。

玲文が社長へ一礼し、志津葉の〈編集長夫人推薦〉という手書き札が封筒から剥がされた瞬間、夫の役職で子どもの文章まで上書きしていた志津葉だけが、奥付の本当の上下を知った。