署名済みの白紙
犬塚野泰成は、何も書かずに赤い紙を投入口へ入れた。
寒川井奏依が彼の腕をつかむ。
「白紙なら二人とも死ぬ!」
規則は一つ。
〈終了までに、一人の署名だけが記された赤紙を提出せよ。署名者を犠牲者とし、残る参加者を解放する〉
二人には同じ赤紙が一枚。互いを押さえつけて署名させるためのゲームだった。泰成は開始直後から、紙を照明へ透かしていた。
表面は白紙に見える。だが右下に、極小の銀色文字がある。
〈検品責任者 白石沢由佳〉
筆圧のある直筆署名をスキャンし、特殊インクで印刷したものだ。紙を傾けると、文字の横に検品時刻と電子証明の細い線まで浮かぶ。単なる活字ではなく、本人が承認した署名だ。用紙一枚ごとに同じ認証番号まで刻まれている。番組側は用紙の真正性を証明するため、責任者の署名を入れていた。普段は赤い地紋へ紛れて見えない。
『それは製造管理表示で、ゲーム上の署名ではありません』
「署名に用途の限定はない。しかも、白石沢由佳本人の筆跡認証がついている」
装置が紙を走査する。
〈署名一件を検出〉
〈署名者、白石沢由佳〉
主催者の声が鋭くなる。
『白石沢は参加者ではない』
「規則は参加者を署名させろとは言っていない」
奏依が紙の端を見つめる。
「この人は誰?」
「用紙を検品した技術責任者。制御室にいる」
搬入時、泰成は白石沢が赤紙の束を抱えているのを見た。彼女は「これでまた一人選ばせられる」と笑っていた。自分の署名が選択の一部になるとは考えなかったのだ。
判定音。
〈条件成立〉
二人の首輪が外れ、一方鏡の向こうで女性の悲鳴が上がった。
奏依は、文字一つ足さなかった紙を見た。
「何もしないことが、勝つ行動だったのね」
「違う。最初から書かれているものを、白紙だと思わないこと」
主催者は二人に署名の責任を押しつけたかった。だが最初の署名は、ゲームを作った側が済ませていた。
赤紙が排出される。銀色の名だけが黒く変わり、〈犠牲者〉の枠で囲まれていた。