翼を貸す婚礼

獣の血を持つ者は、婚姻した相手へ一度だけ自分の姿を貸せる。

貸したあとは、本人が二度とその姿になれない。

カリュアは崖の礼拝堂で、鷹の羽根を婚姻杯へ落とした。

契約相手のハーディは、王都の伝令だった。谷の向こうへ停戦書を届けなければ、夜明けに両軍がぶつかる。橋は落ち、山道は雪崩で塞がれている。鳥になれる者だけが越えられるが、鷹人の一族は戦に関わることを禁じていた。

カリュアも、飛んで届ければ追放される。

「俺が姿を借りれば、罪は俺のものだ」とハーディは言った。「婚姻は朝まで。届けたら離縁する」

「私の翼は戻らない」

彼は杯から羽根を拾おうとした。

カリュアは翼でその手を払った。黒褐色の風切羽が、狭い礼拝堂いっぱいに広がる。

飛ぶことは、彼女の仕事ではなかった。朝、谷底の川へ影を落とすこと。雨雲の匂いを上空で嗅ぐこと。腹が立てば誰にも届かない岩棚で眠ること。地上で言葉にできない日は、空だけが広かった。

母は、翼を失った鷹人は半分死ぬと言った。

それでも眼下の平原には、焚火が二列並んでいる。弟は東軍の槍兵、親友は西軍の治療師だ。夜明けになれば、どちらの陣からも赤い旗が上がる。

「君自身が飛べばいい」とハーディは言う。

「私では、将軍の天幕へ入る前に射落とされる。王印を持つあなたなら降りられる」

「歩くしかなくなるぞ」

「歩く人を、今まで上から小さく見すぎたのかもしれない」

強がりは、声の最後で震えた。

ハーディは黙って膝をついた。恋人ではない。昨日まで名前も知らなかった。それでも彼は、借りる翼へ敬意を示すように、彼女の羽根へ額を当てた。

婚姻杯の水が銀色に光る。

カリュアは最後に一度だけ翼を広げた。羽ばたきで蝋燭が消え、冷たい夜気が頬を撫でる。崖から落ちる恐怖より、二度と落ちることさえできない未来が怖かった。

「必ず届ける」

「約束より先に飛んで」

杯を飲んだハーディの肩から、黒褐色の翼が開いた。

同時にカリュアの背が軽くなり、床へ落ちた羽根は、もう彼女の意志では一枚も動かなかった。