耳を隠さない規格
橘高紗和は、玻璃堂写真館で古い真鍮の楕円定規を見つめていた。肖像の構図を決めるため、店主が写真の上へ重ねる道具らしい。
紗和は、福祉機器のデザイン会社へ送る応募写真を撮りに来た。右耳には小さな補聴器がある。普段は髪で隠していた。聞き返すたびに相手の顔が曇った学生時代から、見えなければ説明しなくて済むと思ってきた。
応募先は、使う人の身体を隠さず設計することを理念に掲げている。その言葉に惹かれたのに、自分の写真では補聴器を消そうとしている。矛盾には気づいていた。それでも、書類で落とされたら、原因を補聴器のせいにしてしまいそうで怖かった。
撮影後、店主は試し焼きへ真鍮の定規を置いた。古い道具の内側に、紗和の顔と右耳がぴたりと収まる。補聴器は銀色の細い線として光っていた。
「これ、修整で消せますか」
店主は料金表の〈異物除去〉を指した。次に紗和の耳元を見て、鉛筆を取り、その〈異物〉という二文字に一本線を引いた。代わりに〈指定部分〉と書き直す。できないとは言わない。ただ、それが何であるかを勝手に決めなかった。
真鍮の楕円は、長年使われて表面が曇り、ところどころ磨耗している。傷を消せば新品のようになるだろうが、店ではそのまま使われていた。古いから価値があるのではなく、今も寸法を決める役目を果たしている。
紗和は試し焼きの自分を見た。補聴器が見える写真を出すことは、勇敢な宣言ではない。採用側がどう受け取るかも分からない。ただ、使う人を隠さない製品を作りたいと書いた履歴書に、隠した顔を貼るよりは、自分の文章と同じ方向を向いていた。
「消さないでください」
店主は書き直した〈指定部分〉も消し、〈肌の明るさのみ〉へ丸をつけた。真鍮の定規で余白を測り、耳が切れない位置で写真を裁つ。
会計の封筒には、表裏を間違えないよう右上へ小さな印が押された。紗和は店を出る前に一枚を履歴書へ貼った。
補聴器は、写真の中でも黙っていた。それでも紗和は、面接で最初に説明する言葉を、隠すためではなく伝えるために書き始めた。