聖王の花婿にされた日
癒やしの奇跡を起こせなかった聖印持ちラムザは、信仰を保つため女帝の「聖王」として迎えられることになった。婚姻すれば神殿の象徴となり、二度と市井の診療所へ戻れない。
金の冠を前に、ラムザは足元だけを見ていた。疫病の少年を救えなかった日、彼は仲間へ何も告げず神殿へ戻った。あの失敗を知る三人は、偽物の聖者を見限ったはずだ。神殿は彼の診療箱を焼き、寝台の名札も外していた。奇跡を起こせない者には戻る部屋がないと、司祭長は穏やかな声で告げた。その穏やかさが、罵声より深く刺さっていた。婚礼衣には袖がなく、治療のため腕をまくる必要さえない形だった。
司祭が冠を持ち上げると、革の靴が祭壇へ滑ってきた。
近衛騎士オリネが、ラムザが診療所で履いていた古靴を磨いて持ってきたのだ。
「歩いて帰るなら、これが要る」
参列席では薬師ヘルガが、携帯寝台を広げて隣へ置いた。
「診療所の一台、空けたまま。患者がいない日はあなたが寝る」
回廊の端には書記ユエルが、裏門の鍵を指に掛けて立っていた。門外の辻馬車は、料金を一日分払って待たせてある。
「急がなくていい。日没を越えたら、もう一日払う」
女帝側の司祭は三人を排除しようとした。ヘルガが少年の診療記録を開く。ラムザの奇跡が失敗したのではない。神殿が高価な解毒薬を隠し、奇跡の演出に使おうとして投与を遅らせたのだ。ラムザは神力なしで夜通し治療し、少年の妹を救っていた。
信徒の怒りで婚礼は中止された。けれどラムザは古靴を履けなかった。一人を救えなかった事実は変わらない。診療所へ戻っても、また手が届かない命がある。そのたび三人に失望されるのが怖い。
「僕は万能じゃない」
オリネは片方の靴紐を結び、ヘルガは寝台へ新しい布を敷き、ユエルは裏門を開けたまま鍵を抜いた。
「知ってる。だから三人いる」とヘルガ。
ラムザは冠を置き、古靴で祭壇を降りた。診療所の寝台、近衛詰所の長椅子、裏門の先の馬車。聖王でなくても帰れる場所が、彼を一人の治療者として待っていた。