聞こえない案内
駅員になって十九日目、小田切冴は、白い杖を持つ男性ではなく、その隣の女性から初めて強い苦情を受けた。
「介助を予約したのに、二十分も誰も来ませんでした。放送だけ何度も流して、それで案内したつもりですか」
男性は補聴器も使っていた。予約票には〈聴覚障害あり・連絡は文字で〉と赤字で記されている。ところが待ち合わせ場所は、工事で閉鎖された東改札のままだった。
担当駅員は構内放送で名前を呼び、西改札へ来るよう案内したという。記録上は「呼出済み」。さらに業務日誌には〈応答なし〉とあり、連絡できなかった理由が利用者側にあるように見えた。先輩は「工事案内は掲示しているので、双方の行き違い」と説明した。
冴は東改札へ走った。仮囲いの前に、背の低い案内板が一枚ある。人の流れに隠れ、点字ブロックは囲いの手前で途切れていた。音声を聞きにくい人にも、目で案内板を見つけにくい人にも、西改札へ移る方法が伝わっていない。
冴は女性へ電話し、ショートメッセージでも現在地を送った。二人は売店脇のベンチにいた。女性は何度も東改札へ戻り、男性は動けば行き違うと思って待っていたという。乗る予定だった列車は出た後だった。
「次の列車へご案内します。遅れた理由は、こちらの引き継ぎ不足です」
冴は男性の手のひらへ、指でホーム番号を書こうとして止めた。予約票に〈文字で〉とあるからといって、方法を勝手に決めてはいけない。筆談ボード、スマートフォン、手のひら、どれがよいか尋ねると、男性はスマートフォンを指した。
冴は乗車位置までの経路を大きな文字で入力し、一緒に歩いた。曲がる前に画面を見せ、段差の手前で立ち止まり、男性が合図を確認してから進んだ。ホームでは次駅の係員へ、音声ではなく業務端末の文章で引き継いだ。
列車が出た後、冴は予約票の最上段に「工事による集合場所変更を前日までに文字連絡」と追加し、東改札の案内板を目線の高さへ移す申請を書いた。
翌日の介助予約一覧を見た先輩が、「初クレームの後だし、外れる?」と聞いた。
冴は次の予約票を印刷した。連絡方法の欄を最初に確認し、自分の担当印を押す。
「次は、呼ぶ前に届く方法を選びます」