花の島の欠けた鉢

 大神田茉侑は、結婚式場をキャンセルした翌月、花の島へ渡った。

 婚約者とは、式の準備を進めるほど意見が合わなくなった。

 招待する人、住む場所、子どものこと。花束の色だけはすぐ決まったのに、暮らしの話は最後まで決まらなかった。

 島の民宿は、庭いっぱいに花を育てていた。

 茉侑は明るい色を見るのがつらく、部屋へ閉じこもろうとした。

 宿の主人である女性は、欠けた植木鉢を一つ持ってきた。

「庭の端へ置くから、土を入れるの手伝って」

「私、花に詳しくないです」

「土を入れるのに知識はいらない」

 鉢は縁が大きく欠けていた。

 女性は欠けた部分を壁側へ隠さず、そこから小さな蔓が垂れるよう、匍匐性の白い花を植えた。

「新しい鉢にしないんですか」

「割れ口から水が抜ける。これはこれで元気に育つ」

 茉侑は庭仕事を手伝った。

 枯れた花を摘み、種を集め、乾いた土へ水をやる。

 満開の花だけでなく、咲き終わった茎や、まだ固いつぼみが同じ庭にある。

「写真だと、きれいなところだけ撮りますよね」

「庭に住むと、枯れた日も見るからね」

 女性は種の袋へ日付を書いた。

 午後、二人で薔薇の花びらを煮た。

 レモンと砂糖を加えると、鍋の中の色が淡い桃色へ変わる。

 茉侑は、結婚式で選んだ薔薇を思い出した。

「花が嫌いになりそうでした」

「花は何も約束してないよ」

 女性は木べらをゆっくり動かした。

 夕食後、焼いたパンへ薔薇のジャムを薄く塗った。

 香りは見た目ほど甘くなく、少し青く、舌へ微かな渋みが残る。

 茉侑はその複雑さが気に入った。

 翌朝、欠けた鉢の花は風で揺れていた。

 蔓の先が割れ口から外へ垂れ、白い花が一つ、鉢の下で咲いている。

 茉侑はキャンセルした式の写真フォルダを開き、全部消すのをやめた。

 好きだった花や料理の写真だけは別へ移す。相手との計画が終わっても、自分が選んだ美しいものまで捨てる必要はない。

 帰りに、女性が薔薇ジャムの小瓶を包んだ。

 船へ乗ると、蓋の隙間から花とレモンの香りがした。

 茉侑の未来は、きれいな鉢の形には戻らない。

 けれど欠けたところから風や水が通り、そこにしか咲かない白い花もあるのだと思えた。