著者名入りの購入票

人気作家の署名本発売日、花篝琴依は書店前で、荒巻野敦希が二十枚の購入票を配っているのを見た。

票には別々の名前と、同じ携帯番号が書かれている。

「友人の代理。全員、仕事で来られない」

敦希は一人一冊の制限を抜け、発売直後に五倍で売るつもりだった。二十枚の票は同じ筆圧で書かれ、希望メッセージも一字一句同じだった。本人たちが選んだものではないことは明らかだった。通販ページには、まだ書かれていない作者のサイン画像まで載っている。

琴依は書店員へ知らせた。

今回の署名本は、購入者が申し込み時に選んだ短い言葉を作者が添える。購入票と本人確認書類が一致しなければ、サインは入れられない。

敦希は代理受取可能と書いてあると主張した。

書店長が規約を開く。代理は、病気や障害などやむを得ない事情を事前登録した一人に限る。敦希の二十人は登録がなく、半数は存在しない住所だった。

列の読者は、前夜から書店の公式案内に従い、身分証を持って一人ずつ待っていた。誰も敦希の二十人を見たことがなかった。作者本人が奥から出てきた。

出品画像のサインを見て、すぐ偽物だと分かった。筆跡が違うだけでなく、今作では使わない旧名義が書かれていた。

敦希は、宣伝のための見本だと弁明する。

しかし通販ページでは“書店保証・直筆確定”と説明し、予約金を受け取っていた。書店は商標と店名の無断使用を記録し、サイトへ通報。全出品は削除され、購入者へ返金が始まった。

敦希は購入票を奪い返そうとしたが、防犯カメラと列の映像が動いている。書店は二十件の販売を拒否し、今後のイベント参加も停止した。

琴依の番が来る。彼女が選んだ言葉は〈待つ時間も物語〉だった。

作者はその一文を書き、琴依の名前を添えた。

二十枚の偽名票が無効印で赤く染まり、琴依の一冊だけに本人の名が入った瞬間、署名を量産品として売ろうとした敦希は一冊も受け取れず、最後まで待った読者だけが自分のための本を開いた。