葱を挟んだ一本

片瀬庸介は、明日から山形の農業法人で働く。東京で法人向けソフトを売っていたが、今度は米と枝豆の出荷を担当する。

 送別会では、都会に疲れたのかと聞かれた。庸介は笑って否定したが、半分は当たっている。売上表の中で全国の顧客を見ていたころ、数字の向こうにある仕事を一度、自分の手で確かめたいと思うようになった。農業経験は家庭菜園さえなく、面接では泥に慣れるところからだと念を押された。怖さを、都会嫌いという簡単な理由にして隠していた。

 転職を話した友人たちは、最初こそ驚き、そのあと「遊びに行く」と言った。庸介も「月に一度は戻る」と約束した。大学時代の仲間、前の同僚、近所に住む弟。約束するたび、誰も失わずに済む気がした。

 だが、新しい会社の繁忙期は休日が読めない。交通費も片道一万円を超える。月に一度戻るという言葉が、もう守れそうにない。

 居酒屋「畝」で、店主はねぎま串を炭へ載せた。鶏の脂が落ち、炭がぱっと赤く鳴る。焼けた肉の匂いへ葱の甘い香りが混じり、串を返すたび薄い煙が上がった。

「肉だけでいいのに、どうして葱を挟むんでしょう」

「ずっと肉だと重いからじゃないか」

 店主は答えを断定せず、塩を少し振った。

 庸介は、友人たちとのグループチャットを開いた。『毎月帰るから、今までどおり』と自分で書いた文がある。今までどおりでいられないから転職するのに、その部分だけ変えまいとしていた。

 明日の新幹線へ乗る前に、約束を訂正することにした。毎月は無理かもしれない。代わりに、来月の連休の切符を今夜取る。次の一回だけを決め、会えなかった月に謝り続ける生活は作らない。

 予約画面には残席があった。庸介は一か月後の夕方の便を購入し、チャットへ日付を送った。農業の仕事が続くか、東京へ戻りたくなるかは分からない。距離で薄くなる関係もあるだろう。

 串の葱は表面が焦げ、中は熱い汁を含んでいた。鶏肉との間にできた短い空白まで、塩と炭の匂いが残っていた。