表示名は結月
結月はプロフィールの表示名を「ゆっちゃん」から「結月」に変えた。
登録したのは高校生のころだった。父が「うちのゆっちゃん」と呼び、勝手に設定してくれた名前。二十六歳になっても、父とのチャットではその呼び名が続いていた。
表示名を変えた直後、父から宅配便の写真が届く。
〈ゆっちゃんの荷物、実家に来てるぞ〉
通販サイトの住所を直し忘れたらしい。箱には仕事で使う資料が入っている。
〈週末に取りに行く〉
〈パパが持っていってやろうか〉
結月は「パパ」という文字を見た。父は自分をそう呼び、結月をいつまでも小さい娘の位置へ戻す。断ると、〈昔はパパ大好きだったのにな〉が続く。
〈取りに行くから大丈夫〉
〈それと、チャットでは結月って呼んで〉
父から笑う顔のスタンプ。
〈急にどうした、ゆっちゃん〉
結月はスマートフォンを置き、机の引き出しから古い実家の鍵を出した。週末、荷物を受け取るときに返すつもりだった。
〈急じゃないよ。表示名も変えた〉
〈私が選んだ名前で呼んでほしい〉
既読がついたまま、返事は来なかった。
翌日、父から箱の伝票番号だけが送られてきた。
〈結月、土曜は午前中ならいる〉
たった一度、正しい名前が書かれていた。結月は画面を拡大するように見た。
〈十一時に行く。玄関で受け取るね〉
〈昼飯は?〉
〈今回は荷物だけ〉
父は〈了解〉と返した。
父との履歴を検索すると、〈ゆっちゃんには難しい〉〈パパに任せろ〉が何度も出てきた。保険の契約も、引っ越し業者も、父は先に決めてから知らせた。呼び名だけの問題ではない。小さく呼ばれるたび、判断まで小さいものとして扱われた。結月はプロフィール画像も、父が撮った制服姿から、今の仕事机に置いたマグカップへ替えた。顔を隠すためではなく、現在を表示するためだった。
土曜の予定表に、結月は「荷物受取・鍵返却」と入力した。父を嫌いになるためではない。ゆっちゃんのまま会うのをやめ、結月として会える時間だけを選ぶためだった。