見えない守備隊

黒い望遠鏡を覗くと、まだ起きていない戦場が見えた。

見張り長イェルナは、敵の投石器が三呼吸後に放たれるのを見て、鐘を二度鳴らした。守兵たちが伏せた直後、石弾が胸壁を削る。

この望遠鏡は敵の次の一手を映す。その代わり、一度覗くたび、術者の視界から味方が一人、永久に消える。消えた者は声も足音も聞こえるが、姿だけが二度と見えない。

最初に消えたのは、鐘手だった。二度目には弓兵。三度目には治療師。

イェルナは空白へ命令を投げ、返事だけを頼りに守備隊を動かした。

「敵の梯子、東へ三本」

望遠鏡を覗く。次の未来が見え、代価に副長ハルツの姿が消えた。

「ここにいます」

肩へ手が置かれる。見えない指の温度だけが残る。

未来では、敵が西門へ偽装退却を仕掛けていた。イェルナは兵を動かし、待ち伏せを潰した。だが覗くたび城壁は空になっていく。血の跡だけが宙に増え、剣だけが持ち主なしに振るわれる。

敵の本隊が動いた。

残る望みは、城門前に埋めた火薬壺を敵将が踏む瞬間に起爆すること。早ければ味方を巻き込み、遅ければ門を破られる。

イェルナは最後にもう一度覗いた。

未来の中で敵将の馬が白い石を踏む。合図は分かった。

代価に誰が消えたのか、すぐには分からなかった。

「火を」

地面が持ち上がり、敵将と破城槌が炎に消えた。包囲軍は混乱し、退却を始める。

歓声が上がる。見えない兵たちがイェルナを取り囲み、肩や背を叩いた。

彼女は塔の鏡へ目をやった。

そこには誰も映っていなかった。

最後に視界から消えたのは、自分だった。望遠鏡にとって、覗く者もまた城を守る味方の一人だった。

腕を上げても見えない。胸へ触れれば鎧の硬さはあるのに、空中に何もない。望遠鏡を外した瞳は、黒い硝子へ変わっていた。

「勝ちました」とハルツの声がする。

イェルナは空の城壁を見回した。敵だけは、遠く逃げていく背中まで鮮明に見える。

守った者たちの顔は、一人も見えなかった。

その日から彼女の目には、城塞は無人の廃墟として映り続けた。そこに暮らす全員が毎朝名を呼んでも、声だけが石の間から湧く亡霊のように聞こえた。