見えない色の展覧会

板持睦は、現実にない色を描く画家だった。視覚拡張AIが脳へ直接色彩を送り、観客はキャンバスの上に「記憶の裏側の青」や「名前を呼ばれる直前の金色」を見る。睦の展覧会では人々が泣き、作品は高値で売れた。

新作発表の前夜、色彩会社との契約が切れた。料金改定に抗議した睦へ、会社は拡張色の使用権を停止した。翌朝、彼女の目から青が消えた。空も海も灰色だった。長年の刺激に適応した脳が、自然の色まで拡張情報として処理していたのだ。

睦は絵筆を握れなくなった。過去の作品を見ても、観客が何に感動しているか分からない。展覧会を延期すると、批評家は「才能もライセンス商品だった」と書いた。彼女自身もそう思った。

睦は録画された自分の制作映像を見ながら、拡張色の位置を番号でなぞろうとした。だが「七番の青」を塗っても、目には同じ灰色しかない。助手は会社と和解すれば色を戻せると説得した。睦は契約書を読み、作品だけでなく、色を見たときの涙や心拍まで会社の学習資産になると知った。彼女の感動さえ借り物として回収される。その日、残っていた専用絵具をすべて箱へしまった。

倉庫で作品を処分していると、盲学校の生徒が見学に来た。触ってよい廃材を探しているという。少年は乾いた絵具の盛り上がりを指でなぞり、「ここ、風が曲がってる」と言った。睦にはただの失敗した筆跡だった。

彼女は少年に頼み、作品を一枚ずつ触ってもらった。色の名を使わず、ざらざら、冷たい、急に途切れる、と説明してもらう。睦は初めて、自分の絵に目以外の入口があると知った。

一年後の展覧会に拡張色はなかった。布、砂、金属、乾いた絵具で作った作品を、観客は手袋を外して触った。以前ほど売れず、泣く人も少なかった。

会場には作品の説明ではなく、触る順番だけが記されていた。

最後にあの少年が来て、壁一面の作品へ両手を置いた。

「これ、何色?」

睦は灰色の空を思い出した。

「まだ名前がない」

それは会社に止められない、彼女の最初の色だった。