証人席の花束
八反田紫乃の離婚訴訟で、夫の丸瀬兼人は一貫して浮気を否定した。
ホテル前の写真には「仕事の相談相手と偶然会っただけ」。腕を組んだ写真には「転びそうになったのを支えた」。花束の注文履歴には「取引先への贈答品」。
兼人の代理人は言った。
「原告は断片的な事実をつなぎ、存在しない関係を作り上げています」
紫乃は反論せず、傍聴席の後ろを見た。
証人として呼ばれた女性が、白い花束を抱えて入廷した。兼人の顔が引きつる。
女性は宣誓し、裁判官の質問へ答えた。
「丸瀬さんから、妻とは二年前に離婚したと聞いていました。結婚を申し込まれています」
「その花束は?」
「昨年の誕生日にもらったものです。同じ店で毎月注文していたと聞き、伝票を保管していました」
兼人が身を乗り出す。
「君まで紫乃にだまされてる。あれは冗談だっただろ」
女性は花束からカードを抜いた。
「では、これも冗談ですか」
カードには、兼人の字で「紫乃との裁判が終われば、次は君の名字になる」とあった。日付は、兼人が法廷で「女性とは一年以上会っていない」と証言した翌日だった。
さらに女性は、兼人から届いた音声メッセージを提出した。紫乃を有責配偶者に仕立てれば家を取れること、慰謝料を払わせて新居の頭金にすることを笑いながら話している。
兼人の代理人が休廷を求めた。
裁判官は却下し、音声の取得経緯を確認した。女性自身の端末へ送信され、原本と送信記録が残っている。
紫乃の代理人が、最後の資料を示した。家は紫乃が婚前に購入したもので、兼人が「取る」と語った財産はそもそも共有財産ではない。
兼人は女性へ小声で言った。
「頼むから、証言を取り消してくれ」
女性は花束を証拠台へ置いた。
「私は奥さんと争いに来たんじゃありません。あなたの嘘を終わらせに来ました」
裁判官が書記官へ告げる。
「証人の供述および提出資料を、主要な証拠として採用します」
書記官のキーボードが、静かな確定の一打を鳴らした。