試着中の赤い札

安曇小都は、友人と買い物へ行くと自分の両手が塞がる。

「これ持ってて」「サイズ違い取ってきて」「さっきの戻してくれる?」

友人は悪気なく頼み、小都は毎回応じた。

前の買い物では、友人の紙袋を持ったまま四時間歩き、小都は欲しかった靴の店へ寄れなかった。帰宅後に足が痛んでも、楽しかったとメッセージを送った。頼まれた一つ一つが小さいほど、嫌だったと言う自分のほうが大げさに思えた。自分の服を見ていても呼ばれれば棚を離れる。断るほどのことではない小さな頼みだから、断れなかった。

休日の百貨店で、友人は試着室へ七着持ち込んだ。小都は外で紙袋を三つ抱え、カーテンが開くたび感想を言った。

「このスカート、別の色あるか見てきて」

友人がハンガーを差し出す。小都は受け取りかけた。そのとき、自分の腕にかけた一着が目に入った。深い緑のワンピース。店へ入って最初に手に取ったのに、まだ鏡へ当ててもいない。

「先にこれを試着する。色は自分で見てきて」

小都は紙袋をベンチへ置き、空いた隣の試着室へ入った。友人の返事を聞く前にカーテンを閉める。

紙袋の持ち手が腕に残した赤い跡を、小都は鏡の中で見つけた。痛みはもう薄い。それでも、頼まれごとの重さが見える形になった気がした。

外から「あ、うん」と声がした。続いてハンガーの触れ合う音が遠ざかる。

ワンピースは肩が少し広く、裾も思ったより長かった。似合う、似合わないをすぐ決める代わりに、小都は一度だけ袖へ腕を通した。照明の下で見る緑は、棚にあったときより暗い。

友人が戻り、「どう?」とカーテン越しに聞いた。

「今、見てる」

小都はそれ以上答えなかった。褒めてもらうために開けることも、友人の次の服を取りに出ることもしない。

結局、ワンピースは買わなかった。肩が合わなかったからだ。けれど着替え終わるまで、扉の《試着中》の札は赤い面を向いていた。

小都は札を戻して外へ出た。自分のために使った数分は、何も買わなくても返却しなくてよかった。