謝罪だけが残る街
柊木エマは燃える時計塔から飛び降り、また朝の広場へ戻された。
《進行状況は謝罪した時だけ保存されます》
街は十分後に滅びる。何をしても火災は始まり、死ねば朝へ巻き戻る。ログアウトボタンを押しても同じ。だからエマは、攻略に必要な行動だけを繰り返し、NPCの会話を無視してきた。
百二回目の朝、走り出した彼女はパン屋の少年とぶつかった。
「邪魔!」
少年が転び、籠のパンが泥へ落ちる。その瞬間、画面の端に保存アイコンが一度だけ点滅した。エマが反射的に「ごめん」と言った直後だった。
次に死ぬと、広場ではなくパン屋の前から始まった。
謝罪がセーブになる。
エマは街を走り直した。道を塞ぐ老人を押したら、戻って謝る。井戸の水を独占したら、並んでいた女性へ謝る。火災の原因を調べるたび、誰かにした小さな乱暴を認め、開始地点を少しずつ先へ進めた。
時計塔の地下で、最後のNPCが待っていた。
それは現実の弟と同じ顔をしていた。
事故の日、エマは弟の電話を切った。「ゲームが始まるから」と。弟は一人で自転車に乗り、交差点で車にはねられた。エマも知らせを受けた直後に接続事故へ巻き込まれ、この世界へ閉じ込められた。
「私のせいじゃない」
百回以上、そう言い続けた。火災は弟の事故の記憶だった。ログアウトを押すたび朝へ戻るのは、現実へ帰れば事実と向き合わなければならないから。
弟の姿をしたNPCは責めない。ただ電話を持っている。
エマは震えながら言った。
「出なくて、ごめん。ずっと自分を守って、ごめん」
保存アイコンが画面いっぱいに広がる。時計塔は燃えたまま、今度は朝へ戻らない。炎の向こうに、現実の病室と、車椅子の弟が見えた。
「遅い」と弟は笑った。
弟は事故で片脚を失ったが、生きていた。エマが想像の中で彼を死者にしていたのは、その方が謝る相手に拒絶されずに済むからだった。現実の弟は、許すとも許さないともまだ言っていない。それでも朝へ戻らず、続きを始められる。
《最終謝罪を保存しました》
《事故記憶の自動巻き戻しを終了します》
《ログアウト不能状態の発生源:接続者本人による現実復帰の継続拒否》