賞状は壁に残して
会社の表彰式を翌日に控え、智紗は古い写真を机の引き出しから取り出した。高校の文化祭後、教室の壁に賞状が一枚貼られている写真だった。
二年五組は演劇部門の最優秀賞を取った。智紗はクラス劇の責任者だったが、本番前日の夜、家族の看病で帰宅し、最後の通し稽古にいなかった。音響の調整も衣装の修理も、朋香たちが引き受けた。
閉会後の教室では、「賞状を誰が持って帰るか」で小さな争いになった。担任は責任者の智紗へ渡そうとした。けれど智紗には、受け取る資格がない気がした。断れば皆の努力まで否定するようで、手を出すことも引くこともできなかった。
そのとき朋香が賞状を裏返し、黒いペンで名前を書き始めた。
〈脚本 美術 衣装 音響 呼び込み 欠席者への連絡 床のテープ剥がし〉
目立たない仕事まで並べ、その横に担当した全員の名を入れた。最後に智紗の名も書いた。さらに余白へ、当日欠席した子が作った小道具や、他クラスから延長コードを借りた人まで加えた。賞状の表より、裏側のほうがずっと賑やかになった。
「誰か一人の部屋に置くより、ここに置こう」
賞状は黒板横の壁へ貼られた。卒業までそこにあり、日焼けして端が丸まった。誰のものでもあり、誰一人だけのものではなかった。
今、智紗のチームが受ける業界賞の資料では、締切前の三か月が一枚の成功談にまとめられている。会議で何度も却下された案も、夜中の修正も、誰かが黙って引き受けた失敗処理も見えない。企画責任者として自分の名前だけが大きく載っている。下書きを作った新人、集計をやり直した派遣社員、締切前に仕様変更を止めた担当者の名はない。
智紗は写真を引き出しへ戻し、広報担当へ修正版を送った。登壇者一覧に三人の名を加え、受賞コメントにも役割を書き込む。
表彰式の壇上へ、高校の賞状を持っていくつもりはない。あの教室に戻りたいわけでもない。
ただ、壁に残された裏書きの方法だけは、今日の仕事へ持ってこられる。
智紗は修正版の送信を確認し、明日の席を一つ増やした。