赤字の余白
逸美は、私の文章をよくしてくれる。
小説投稿サイトで知り合って五年。私が原稿を送ると、一晩で赤字を入れて返す。説明が長い、比喩が古い、主人公が私に似すぎている。削除された行を惜しむと、「楓香は執着を才能だと思ってる」と笑った。
私は彼女より先に書き始めたのに、賞へ残るのはいつも逸美だった。
それでも、嫉妬してはいけない。彼女は応募前になると私のパソコンへ遠隔接続し、ファイル名や書式まで整えてくれる。私が自分で保存しようとすると、「版が増えると混乱する」と権限を外した。完成稿は逸美のクラウドにだけ置かれた。
もう一つ、彼女は赤字を消したあとの余白を必ず広く取った。
「息のできる文章にするため」
意味は分からなかったが、プロに近い人のこだわりだと思った。
今年、逸美が新人賞を取った。受賞作を読み、私は冒頭で手を止めた。雨の駅、片方だけ濡れた靴、母親から届く空白のメール。三年前、私が送った未発表作と同じだった。
ただし文章は洗練されていた。私の下手な比喩は削られ、主人公の職業も変わっている。似ていると言えば、負け惜しみに聞こえる程度の差だった。
授賞式後の配信で、逸美は質問に答えた。
「着想は、親友のつまらない愚痴から。素材にしていい? と聞いたら、何でも使ってって」
そんな会話は覚えていない。けれどチャットを検索すると、確かに私が〈私のこと、何でも使っていいよ〉と送っていた。直前のメッセージだけ削除されている。
バックアップから復元すると、逸美の質問は〈このフォント、商用でも使っていいかな〉だった。
私は出版社へデータを送った。遠隔接続の履歴、初稿の日付、削除された会話。担当者は調査すると返信した。
逸美からすぐ電話が来た。
「楓香の文章じゃ、誰にも届かなかったよ」
初めて、彼女の赤字が添削ではなく消去だったと分かった。
電話を切ると、共有クラウドに新しい文書が作られていた。題は『親友に盗作を疑われた作家』。
最初のページは空白で、私だけに編集権限が付いていた。
余白の右端では、逸美のカーソルが私の一文字目を待っていた。