赤鉛筆の七項目

宗介が翻訳院へ連行されたのは、新税法の公布まで一時間を切ったころだった。

百二十頁の外国法を王国語へ訳し、既に六百部が印刷台へ積まれている。だが試し読みした商人が、第五十七条を見て青ざめた。

『年収百枚未満の者も納税する』

原文は『納税しない』。否定語が一つ落ちていた。

「全頁を読み直す時間はない」

院長が額を押さえる。誤訳のまま出せば貧民十万人に違法な税がかかり、破棄すれば公布期限に間に合わない。議場の外では印刷馬車が出発を待ち、鐘が鳴れば全国八十都市へ散る。

前世で翻訳品質管理をしていた宗介は、文章を最初から読み直さなかった。赤鉛筆を七本並べ、確認項目を一枚の紙にした。

否定。

数字。

日付。

固有名。

条番号。

参照先。

例外条件。

七人の翻訳官へ一項目ずつ渡し、同じ百二十頁を別の目的で走査させる。一人が全部を理解し直すのではなく、見落としてはならない種類だけに目を絞った。美しい文章かどうかは見ない。該当箇所だけ赤で囲む。

宗介は「否定」を担当した。『ない』『除く』『禁止』だけを原文と突き合わせる。

十二分で二つ目の欠落を発見。

二十一分で税率『五%』が『十五%』になった桁違い。

三十三分で存在しない第八十二条への参照。

四十一分で、七件すべての修正が終わった。

印刷工が活字を差し替える。六百部のうち、刷り直しは誤りを含む八頁だけ。残りを捨てずに済み、紙代金貨四百枚が残った。印刷工たちは八頁だけを抜き、差し替えた完全版を糸で綴じ直す。

公布の鐘が鳴る二分前、最初の完全版が議場へ届く。印刷馬車八十台は鐘の第一打と同時に門を出た。

財務卿は第五十七条を読み、次に修正記録を見る。

「全文を味わっていた者は三日かけて見落とした。君たちは四十一分で七件拾った」

院長は「文学性が」と口を開いたが、財務卿は七本の赤鉛筆を箱へ納めた。

「税法に詩情は要らない。誤りがないことが要る」

彼は宗介へ翻訳院の監査印を渡した。

「品質管理室を新設する。室長は君だ。明日の条約も、七項目で止めてくれ」