転がらない一本
由良谷章人は、食品工場へ窒素ガスの容器を十二本届けた。包装機の停止で生産が遅れ、現場責任者は一本でも早くつないでほしいと待っていた。
荷下ろし口の床には、洗浄後の水が薄く残っていた。責任者は容器を横倒しにし、二人で転がせば早いと言う。章人は荷台の転倒防止チェーンを外さなかった。高圧容器は見た目より重く、濡れた床で勢いがつけば、人の足では止められない。
専用台車を待つ間、章人は納品書と容器番号を照合した。十一本目だけ、番号の末尾が違う。ラベルは窒素だが、バルブの接続部に見慣れない保護栓がある。倉庫へ問い合わせると、その一本は検査戻りで、内部の逆止弁が未交換だった。出荷棚へ誤って戻されたらしい。
現場責任者は言った。
「十一本あれば動かせる。問題の一本は端へ置いて」
章人は工場内へ下ろさなかった。使わないつもりでも、正しい容器と並べれば、夜勤の誰かがつなぐ可能性がある。誤った一本はチェーンで荷台に残し、赤い札を付け、回収扱いにした。
台車が届くと、乾いた通路を選び、二本ずつ運んだ。責任者が最初の一本を設備へ接続し、圧力が安定する。包装機の音が戻った。
「止めた時間のほうが長かったな」
責任者は苦笑した。
章人は水滴の残る床を見た。
「転がり始めた一本を止める時間より短いです」
倉庫は代替品をすぐ送ると言ったが、章人は電話だけで積ませなかった。新しい容器番号を先に受け取り、出荷担当と読み合わせた。同じ種類のラベルが並ぶ現場では、「今度は大丈夫」が最も危ない。一本の間違いを直すには、次の一本を別の手順で確認する必要がある。
受領書には十一本と記入し、未納一本の理由を残した。営業所へ戻る途中、無線で代替容器の準備ができたと知らされた。工場の生産は再開しているが、予備を欠いたまま朝を迎えさせるわけにはいかない。章人は問題の一本を固定し直し、空いた場所へ次の一本を載せるため、夜の倉庫へ向かった。
荷台には、空けた一本分の隙間が残った。