逆さの算木
玄河城の兵数は、卓上の算木では二千四百になっていた。
実際に立てる兵は四百。軍計吏の周倹は、死者を示す黒い算木をすべて裏返し、赤い面を上へ向けた。城の作法では、逆さの赤は『死者を含む』。敵はその決まりを知らない。黒い名は昨日まで同じ飯を食った兵たちだった。周倹はその死を、赤へ塗り替えた。
降伏の使者として来た敵軍監・顧苑は、城主より先に算木を数えた。
「四百しかいないと聞いた」
「噂を数えるなら、算木はいらぬ」
周倹は二千四百の列を崩さなかった。
顧苑は一本を取り、底の黒を見た。
「塗り直したな」
「古い兵ほど裏が黒い」
「死者ではないのか」
問いは正しかった。周倹は否定しなかった。否定すれば、相手は答えを得る。
「死者が槍を持たぬと、誰が決めた」
城内では藁人形に兜をかぶせ、壁へ並べてある。だが敵が一度梯子を掛ければ、人形だと分かる。必要なのは朝までの誤認だった。
顧苑は算木を場所別に並べ替えた。東壁八百、南壁六百、西壁五百、北壁五百。死者の名簿を知っている男なら、数の偏りから嘘を読む。
「東壁に八百も置けば、他が空く」
「東に置く理由がある」
「援軍か」
周倹は一本だけ、わざと指で倒した。東壁の百を示す算木。起こそうとせず、そのままにする。
顧苑の目が細くなる。隠したい場所を、失敗したふりで示す。敵は自分で見つけた答えほど信じる。
「東に抜け道があるな。援軍はそこから入る」
周倹は初めて黙った。
実際の抜け道は西。東には崩れた採石坑しかない。顧苑が東へ兵を回せば、西の峡谷が薄くなる。
「総攻めは延ばす。東の丘を押さえてからだ」
顧苑は算木を一つ持ち去った。証拠にするつもりだ。周倹は止めなかった。その一本の裏には黒く、戦死した弟の名が書かれていた。
敵軍監が帰ると、東の丘へ松明の川が動いた。
城主は算木を見下ろした。
「弟を生者に数えたか」
「今夜だけです」
周倹は残った算木を腕で崩した。赤と黒が床へ散る。
東の敵陣が空くのを待ち、玄河城の西峡門が開いた。