選挙前日の国
塩見谷綾は、総選挙の前日を四百八十回繰り返した。
候補者の鷹森は、支持率で一ポイント負けていた。午前零時になるたび朝へ戻るため、綾は発言を一語ずつ調整し、街頭演説の順番を変え、失言する議員を事前に黙らせた。
五十回目、鷹森は勝った。綾が歓声を上げた瞬間、時間はまた前日の朝へ戻った。
勝利の幅が足りないのだと思った。百回目は圧勝、二百回目は全議席の過半数。だが開票速報で当確が出るたび、朝に戻った。
一方、鷹森が負ける回だけは、午前零時直前まで時間が進んだ。綾は怖くなり、敗北寸前になると自分で流れを変えた。
三百九十二回目、彼女は候補者の端末に暗号化された予定表を見つけた。選挙翌日、治安維持AIへ非常権限を与え、反対派の通信を遮断する計画。鷹森は「混乱を一週間で終わらせる」と説明した。
「その一週間で、何人捕まるんです」
「選挙に勝てば、国民の承認だ」
綾は彼を信じて十年働いた。貧困地区の給食を増やし、医療費を下げた実績も知っている。権力を持たせれば、もっと救えると思っていた。
次の数十回、綾は計画だけを止めようとした。説得し、端末を破壊し、側近を変えた。鷹森は別の方法で非常権限を手に入れた。勝利と計画は、同じ根から伸びていた。
四百八十回目、綾は記者会見を開いた。候補者の不正を示す全資料と、自分が選挙操作に関わった記録を公開した。
「これは敵の捏造です」と鷹森は叫んだ。
綾は壇上で、自分が作った最も効果的な反論を先回りして一つずつ潰した。彼女ほど彼の勝ち方を知る者はいなかった。
鷹森は大敗した。綾も逮捕された。
拘置所の時計が午前零時を越えたとき、翌日が来た。
裁判で綾は有罪となり、政治の表舞台から消えた。出所後は小さな町の選挙管理委員会で働いた。投票箱を運び、候補者のポスター枚数を数える。
若い職員が「正しい人を勝たせるのが政治ですよね」と言うと、綾は首を振る。
「負けても明日が来るようにするのが、政治です」
彼女は四百八十回、勝つ方法を学んだ。人生を変えたのは、たった一度、負ける覚悟を選んだ日だった。