配役表の赤い丸
クラス劇の配役は、投票で決まった。
親友が主人公。私たちの好きな人が、その相手役。
私は舞台監督。
黒板に貼られた配役表で、二人の名前には赤い丸がついていた。私の名前は裏方の欄に小さく書かれている。
「変わる?」
親友が聞いた。
「何と」
「主人公」
「投票で決まったんだから」
本当は、変わりたかった。
台本の終盤には、二人が互いの気持ちを確かめる場面がある。キスはしない。けれど、手をつなぎ、長く見つめ合う。
練習初日、二人は照れて笑い、台詞を何度も止めた。
私は客席から声を飛ばした。
「目をそらさない。間を取って」
自分で言うたび胸が痛んだ。
練習を重ねるほど、二人の芝居は自然になった。
親友が台詞を忘れても、相手役が待つ。相手役が立ち位置を間違えても、親友が手を引く。
台本にはない呼吸だった。
本番直前、親友が舞台袖で言った。
「告白しようと思う」
私は進行表を落としかけた。
「今日?」
「終わったら」
舞台監督としては、開演前に余計なことを考えさせたくなかった。
友達としては、止めたかった。
「成功すると思う?」
親友が聞いた。
私は答えた。
「たぶん」
嘘ではなかった。
幕が上がる。
最後の場面で、二人は手をつないだ。
親友が言う。
「あなたと出会えてよかった」
台本の台詞。
相手役が返す。
「これからも隣にいたい」
それも台本。
けれど、二人の目は芝居を超えていた。
幕が下りると、拍手が響いた。
私はインカムで照明へ合図しながら泣いた。
「暗転、五秒」
声が震えた。
上演後、親友は告白した。
返事は、予想どおりだった。
翌日の片づけで、配役表を黒板から外した。赤い丸のインクが少し裏へにじんでいた。
親友が隣へ来た。
「ごめん」
「謝ったら降板させる」
「もう終わったよ」
「じゃあ次回作で」
二人で笑った。
配役表を折ると、私の名前が二人の名前の上へ重なった。
舞台の上では選ばれなかった。
でも、二人の物語が成立するために、私が出した合図や引いた暗幕も確かにあった。
そう思わなければ、涙を片づけられなかった。