金糸は内側の刃を見た

仮装舞踏会の最初の曲が終わると、聖女ジゼルの袖が裂け、白い腕に細い傷が現れた。

「エヴァンジェリン様の扇が触れた瞬間です」

 彼女が指した先で、エヴァンジェリンは金属骨の扇を持っていた。婚約者アレッサンドロはそれを奪い、床へ投げる。

「扇へ刃の魔法を仕込んだな。クローデル家との婚約を破棄する。聖女の前で、その醜い嫉妬を認めろ」

 エヴァンジェリンは傷よりも、床で折れた扇を見た。亡き母の形見で、婚約の日にも同じ扇を開いた。目の奥が熱くなったが、泣くのはあとで一人になってからでよい。今は、母の品まで凶器と呼ばせない。

「王室仕立師ロザムンド。ドレスの金糸を読んでください」

 銀髪の仕立師が人垣を割った。彼女はジゼルの裂けた袖から、一本の金糸だけを摘み上げる。

 王室衣装に縫われる《記憶金糸》は、布を裂いた刃の向きと、握っていた者の魔力を一度だけ映す。

 糸が空中へ細い光景を描いた。

 刃は外からではなく、袖の内側に隠されていた。ジゼル自身の左手が小刀を引き、肌を浅く切ってから、裂け目を扇へ押し当てている。

「外から斬られた袖は外へめくれます。これは内側から開いた傷です」

 ロザムンドは金糸を指へ巻き取った。それ以上、服に恥を語らせなかった。

 ジゼルは腕を抱え、アレッサンドロは折れた扇を拾おうと屈む。客たちの視線は、裂けた袖から彼の手へ冷たく移った。

「誤解だった。扇は修理させる。婚約破棄も撤回するから、君も聖女の若さゆえの過ちを許せ」

「形見は、代わりを作れば戻るものではありません」

 エヴァンジェリンは先に扇を拾い、二つに折れた骨を胸へ抱いた。

「信頼も同じです。殿下は私の心を醜いと決めた。縫い直して着る気はございません」

 ロザムンドは裁ち鋏を腰へ戻し、針仕事で硬くなった手を差し出した。

「自由区に、身分で服を選ばせない工房を開く。あなたの図案を、あなたの名で仕立てませんか」

 エヴァンジェリンはアレッサンドロに背を向け、折れた扇を抱いたまま、ロザムンドの手を取った。