針金の月
中庭に吊るした月は、開場十分前に落ちた。
針金で作った直径二メートルの三日月。文化祭の美術展示の目玉で、狭間茉白と轟木嶺司が一週間かけて組んだものだった。
校舎三階から伸ばした透明糸が切れ、月は植え込みへ突っ込んだ。銀紙が破れ、骨組みが歪んでいる。
「終わった」
茉白がしゃがみ込む。
「まだ七分ある」
「十分の月が七分で直るわけない」
嶺司は折れた針金を曲げ戻し始めた。茉白も銀紙を押さえる。指に接着剤がつき、風で髪が張りつく。
二人は制作中ずっと揉めていた。茉白は細い月がいいと言い、嶺司は遠くから見えないと言った。影を主役にしたい茉白と、形を見せたい嶺司。完成してからも、どちらの作品か決められなかった。
五分前。
骨組みは戻ったが、吊るす糸がない。
「持つしかない」
嶺司が月の片端を肩に載せた。
「二時間?」
「交代で」
「展示じゃなくて大道芸」
「落ちてるよりまし」
茉白も反対側へ入った。
開場のチャイムが鳴り、生徒や保護者が中庭へ入ってくる。二人は月を頭上に掲げたまま、説明もできずに立っていた。
ところが太陽が校舎の隙間から差すと、針金の影が壁へ映った。
歪んだ骨組みの影は、偶然、二つの横顔に見えた。
来場者が足を止める。
「これ、そういう作品?」
誰かが聞いた。
嶺司が答えるより先に、茉白が言った。
「はい。完成です」
月そのものではなく、二人が支えることで初めて現れる影。説明札にはなかった展示へ、拍手が起きた。
腕が震え始めても、二人は交代しなかった。
「轟木」
「何」
「この月、どっちの作品?」
「二人の」
「珍しく意見合った」
「ずっと合ってた」
「どこが」
嶺司は月を持ち上げたまま、壁の二つの横顔を見た。
「一人じゃ完成しないところ」
茉白の肩へ、針金の重さが食い込む。
「それ、作品の話?」
「説明札には書けない方」
影の横顔は、太陽が動くにつれて少しずつ近づいた。
午後には透明糸が届き、月は予定通り空中へ吊るされた。きれいで、軽くて、誰の手も借りない三日月になった。
けれど来場者投票で一位になった写真は、完成後の月ではない。
開場直後、茉白と嶺司が両端を支え、壁の影だけがもう少しで触れそうになっている、その七分間の月だった。