鉢植えの土

槻木勇作部長は、農業展示会の壇上で小さな土壌センサーを掲げた。

「農家の経験を数値化する。私が発案した低価格システムです」

津守奏穂は客席で、配布資料の誤字を直していた。センサーを作ったのも、山間部で電波が切れても記録を残す仕組みを考えたのも奏穂だ。槻木は「農家は機械に金を払わない」と企画を倉庫へ追いやっていた。導入話が出た翌日、発案者欄だけを自分の名へ直している。

大口導入を検討する青葉農協の宮ノ下耕平組合長が、壇上の鉢植えを指した。

「槻木さん。なぜ展示用の鉢にもセンサーを挿しているんですか」

「実演です。土の水分をリアルタイムで」

「この鉢、造花ですよ」

会場に笑いが起きた。槻木は鉢を覗き込み、言葉を失った。

宮ノ下は奏穂へマイクを渡した。

奏穂は、造花だからこそ必要だと答えた。鉢の土は各農地から持ち寄った基準土で、展示会場の乾燥による数値のずれを測る校正器になっている。農家が使うセンサーは高価な標準器を買えない。そこで、同じ土を入れた鉢を集荷場へ置けば、地域全体の誤差を毎朝補正できる。

「去年の猛暑で、これがなければ水をやりすぎて根腐れする畑が出ていました」

宮ノ下が説明した。

槻木は笑いを消し、低い声で言った。

「津守には、私が現場向けに簡素化するよう指示しました」

宮ノ下は展示パネルを裏返した。そこには開発会議の議事録が貼られていた。

《槻木部長発言――鉢植えを基準器にする案は子供だまし。即時中止》

さらに、農協二十七支部への導入契約書を取り出す。

「私たちは津守さんと一年、畑で試験してきました。槻木さんと仕事をした覚えはありません。契約条件は、津守さんが責任者であること。彼女の承認なしに仕様を変えたら、全台返却します」

社長は壇上で奏穂を新設の農業技術室長に任命した。

宮ノ下が契約書を造花の鉢へ差し込み、笑った。

「この土は嘘をつきませんからな」

奏穂が責任者印を押した瞬間、槻木の胸にあった「発案者」の名札だけが、造花よりも明らかな偽物になった。