鍵につける赤い糸

咲良の机の引き出しには、同じ形の鍵が三本あった。

一本は自宅、一本は実家、もう一本はマンションの非常用倉庫。どれも銀色で、頭の形まで似ている。元気なころは手触りで分かったが、薬で指先が痺れるようになってから、玄関前で何度も取り違えた。

二十八歳の誕生日、兄の真澄が新しいキーケースをくれた。明るい黄色で、鞄の中でも見つけやすい。咲良は礼を言い、箱に戻した。

今日やるのは、実家の鍵に印をつけることだった。

三本を順番に玄関の錠へ差し、どれがどれか確かめる。一本目は回らない。二本目で自宅の錠が開き、三本目は差し込みの途中で止まった。実家の鍵だけは、この部屋では答えを出さない。頭の丸みに刻まれた小さな番号を、母に電話して確認した。

母は来週から、咲良の部屋へ毎日通う。留守のときでも入れるよう、自宅の合鍵を渡してある。代わりに咲良は、実家の鍵を母へ返すつもりだった。もう泊まりに行けないから、ではない。三本のうち一本を減らせば、玄関で迷わないからだ。

裁縫箱から赤い刺繍糸を出す。小学生のころ、母が体操着袋へ名前を縫った残りだ。色は少し褪せている。糸束には、母が結んだ紙の帯がまだ残っていた。「あか」と平仮名で書かれている。咲良が色の名前を読めなかったころの字ではなく、母の丸い字だった。

「シールでよくない?」

真澄が言う。

「剥がれる」

「油性ペン」

「こすれる」

「こだわるね」

「誕生日だから」

理由になっていないが、真澄は黙った。

鍵の穴へ糸を通す。痺れた指では輪をつまめず、最初の二回は床に落とした。真澄が拾い、掌に乗せる。三度目に通った。

赤い糸を八センチほど残し、二本を揃える。固結びを一つ。まだ緩い。もう一つ重ねる。鍵の銀色に、小さな赤い房ができた。

咲良は三本を机に並べた。赤い糸が実家。何もない一本が自宅。青いプラスチック札が倉庫。これなら、目でも指でも間違えない。

実家の鍵だけを小さな封筒へ入れ、母の名前を書く。苗字ではなく「お母さん」と書くと子どもっぽく見えたが、そのままにした。封はしない。母が来たとき、説明せず渡せるように机の端へ置く。

咲良は赤い糸の結び目を爪で押し、最後まで締めた。