鍵は右の植木鉢

桐谷玲奈はスペアキーに青いテープを巻いた。明日の朝、元恋人の亮介が部屋へ入り、ハクを実家へ連れていくための鍵だ。

玲奈は同じ時刻に入院する。医師は退院について何も約束しなかった。十六歳のハクを病院の待合室へ連れていったとき、犬のほうが長く生きる可能性を初めて考えた。

亮介のアパートは二つ先の通りにある。鍵は右側の植木鉢の下へ置く約束になった。玲奈は電話で「散歩ついでに」と言った。亮介はしばらく黙り、「分かった」と答えた。

ハクとの最後の散歩を、鍵の配達に使う。

夜の歩道は濡れていた。ハクは水たまりを避けるたび、玲奈の足へぶつかった。白内障で街灯の輪しか見えていない。それでも亮介の通りへ入ると、尻尾が少し上がった。別れて二年たっても、匂いは覚えているらしい。

アパートの一階、右端の部屋。玄関脇にはローズマリーの鉢が二つ並んでいる。右側はどちらなのか、道から見た右か、扉から見た右か。玲奈は電話で確認しなかったことを後悔した。

ハクが片方の鉢へ鼻を寄せ、くしゃみをした。土の表面に、亮介が吸う銘柄の灰が一粒落ちている。玲奈はそちらを選んだ。

鉢を持ち上げる。底には雨の跡が丸くつき、古い十円玉が一枚あった。玲奈は鍵をその隣へ置いた。青いテープが暗がりでも見えるよう、持ち手だけ外へ向ける。

ハクは扉の前に座り、内側の音を待った。部屋は暗い。亮介は夜勤で、明朝まで戻らない。玲奈はチャイムを押さなかった。

「帰ろう」

ローズマリーの枝が玲奈の手首へ触れ、薬の匂いに似た青い香りがした。ハクは扉の隙間を嗅ぎ、かつて置かれていた自分の水皿を探すように鼻を滑らせた。玲奈はポケットの中の自宅鍵と、鉢の下へ置く鍵を一度だけ取り違えた。

青いテープの端を爪で押さえ、剥がれないことを確かめた。亮介が朝、暗い廊下でも見落とさないためだった。

ハクが立つまで待ち、玲奈は鉢を元の位置へ戻した。陶器の底が鍵を隠し、濡れた丸い跡へぴたりと重なった。