鐘楼の影

ラヴィ・ケータンは、旗そのものより石床の影を見ていた。

鐘楼の頂に立つ槍旗は、夕刻になると長い影を城内へ落とす。影が東門を指せば東から出撃、西門なら西。市中に潜む敵の間者は、毎日それを見て城外へ知らせていた。

今夜の出撃は北門だった。

将軍はラヴィへ曲がった旗槍を渡した。穂先だけが犬の尾ほど横へ曲げられている。

「布は風に従わせろ。影だけ東へ向ける」

「旗番の僧が気づきます」

「気づく者を見つけるための旗だ」

鐘楼には旗番の老僧、鼓手、油差しの少年がいた。三人とも十年以上、同じ鐘の音を聞いている。裏切り者は見知らぬ顔より、毎朝挨拶する顔の中にいる。ラヴィはそれが戦より嫌いだった。敵なら旗の外にいてほしい。誰が間者か分からない。旗槍を差し替えた瞬間、止めようとする者が答えになる。

日が傾く。ラヴィは古い直槍を抜き、曲がった槍を石穴へ差した。布は西風を受けて南へ流れる。だが穂先の影は床を横切り、東門の印へ伸びた。

老僧は念珠を繰るだけだった。少年は油壺を置き、影を見た。鼓手だけが顔色を変えた。

「槍が曲がっている。直せ」

「旗は立っています」

「影が違う」

「なぜ違って困る」

鼓手は答えず、鐘楼の階段へ走った。城外へ合図を出す鳩を放つつもりだ。

ラヴィは旗竿を抜けない。抜けば影が消え、敵は罠を疑う。片手で竿を押さえたまま、もう一方の手で腰刀を投げた。刀の柄が鼓手の膝裏に当たり、男が転がる。懐から小さな鏡が落ちた。

老僧が鏡を拾った。

「毎夕、鐘を磨く物だと思っていた」

「鐘は夜に光りません」

城外の東側で敵の松明が増え始める。鼓手はすでに昼のうち、東門を示す予定だと知らせていたのだろう。曲がった影がその偽報を確定させた。

北門の内側では、象兵が鼻を布で巻き、音を殺して待つ。

夕陽が地平へ触れた。影は完全に東門の敷石へ重なった。

将軍が塔下から叫ぶ。

「間者を縛れ。北の象門を開けよ」

巨木の閂が外れ、闇の向こうへ門が開き始めた。