除籍された詩集
故郷の図書館から、碧衣宛てに一通の封書が届いた。
〈長期未返却資料について〉
驚いて開くと、借りたのは十四年前の日付だった。詩集一冊。返却期限は高校二年の夏。碧衣は何度も引っ越したのに、本はずっと段ボールの底にあった。
図書館は来月、建て替えのため閉館する。返却は郵送でもよい。ただし最後の日に、旧利用者へ向けた館内見学会があると書かれていた。
碧衣は故郷への帰郷を考えていたが、決め手がなかった。東京の暮らしを嫌いになったわけではない。町に待つ人がいるわけでもない。ただ、二十九歳の一年が、借りたまま返していない本のように感じられた。期限が過ぎても誰も取りに来ず、自分だけが覚えている。
机には二枚の利用カードがある。故郷の紙製カードと、東京の図書館のプラスチックカード。紙のほうには子どもの字で名前が書かれ、プラスチックのほうにはバーコードだけが印刷されている。
見学会の申込は電話一回だった。
「本も当日返していいですか」と尋ねると、司書は記録を確認し、「もう除籍されています」と言った。
返さなくてもいい。その言葉は、許されたようで、見放されたようでもあった。
封書には、延滞金は発生しないと赤字で添えられていた。数字で清算できるなら払いたかった。だが十四年は、受付で差し出せる金額にならない。碧衣は、町へ戻ることで帳尻を合わせようとしていた自分に気づいた。帰郷は返却ではなく、新しく借りる時間なのだ。
碧衣は詩集を開いた。余白に鉛筆で線が引いてある。十四年前の自分が選んだ一節を、今の碧衣はもう好きではなかった。けれど消しゴムをかける気にもなれない。
閉館の日、碧衣は本を持って故郷へ戻った。受付で差し出すと、司書は「記念にお持ちください」と返した。
館内見学の最後、新しい図書館の利用申込書が配られた。住所欄に、碧衣は来月から借りる町内の部屋を書いた。まだ一晩も眠っていない住所だった。
古いカードは返却箱へ入れ、詩集は新しい鞄にしまう。
返せなかった年月を清算できたわけではない。新しい住所を書けば、過去が正しくなるわけでもない。
それでも碧衣は、返却期限のない一冊を、これから自分が持ち続ける本として引き受けた。