雨天係数
榊原岳人は家を出る前、必ず《定刻率》を確認する。
採用先まで遅れず通える確率が九十九・九パーセント以上の者だけが応募できる。天候、混雑、歩幅、乗換時間をAIが計算し、能力より先に「来られる人」を選ぶ規則だった。
〈本日の定刻率 99.94%〉
岳人は合格圏だった。
同じ面接を受ける根津小夜から、玄関前で端末を見せられる。車椅子の彼女は、駅の二基のエレベーターを使う。
一週間、二人は同じ時刻に試走した。小夜はエレベーターが来る秒数を記録し、岳人は混みやすい車両を避ける位置を測った。昨夜の予行では、面接会場へ二十三分も早く着いた。
〈本日の定刻率 99.91%〉
「ぎりぎり勝ち」
小夜は笑い、二人で駅へ向かった。
途中で雨が落ちてきた。最初の一滴を気象センサーが拾った瞬間、小夜の端末が震える。
〈雨天時エレベーター混雑を反映〉
〈定刻率 99.87%〉
〈応募資格を停止しました〉
面接開始まで四十分。実際には十分余裕がある。岳人が押せば、乗換も間に合う。
「一緒に行くって入力すればいい」
支援者登録を開くと、AIは二人の経路を再計算した。岳人が小夜の移動を手伝う時間は、彼自身の偶発的遅延として扱われる。
〈根津小夜 99.92%〉
〈榊原岳人 99.86%〉
登録すれば小夜は受けられ、岳人は受けられない。
「やめて」と小夜が言った。「これは私の数字だから」
雨脚が強くなり、駅へ急ぐ人々が二人の脇を抜ける。誰も遅れないために、誰も立ち止まらない。
岳人は面接先のビルを見た。二人とも同じ設計職を目指し、夜ごと図面を見せ合ってきた。小夜の方が上手い。けれどAIが測ったのは線ではなく、雨だった。
岳人は〈移動支援者として同行〉を押した。
自分の応募画面が灰色になり、小夜の〈資格停止〉が解除される。
「何してるの」
「今日は押す。次は、晴れてなくても採る会社を探す」
岳人は鞄から折り畳み傘を出し、小夜の膝へ雨がかからない角度に傾けた。
二人は、岳人の不採用通知が鳴る中、駅へ向かって進んだ。