雨漏りの台所
古い借家の台所で、朔良は鍋を床へ置いた。
天井から落ちる雨水が、一定の間隔で底を鳴らす。管理会社には連絡したが、修理は雨がやんでからだという。
同居人の幹也は、その音に合わせて葱を刻んだ。
「意外と正確」
「料理用のメトロノームだね」
二人は夕飯に餃子を作っていた。皮へ餡を載せ、ひだを寄せる。雨漏りの鍋が、ぽん、ぽん、と鳴るたび一個ずつ並べた。
朔良の餃子は端が細かく、幹也のは大きな半月形。焼けば形の違いはさらに目立った。
フライパンへ水を入れ、蓋をする。台所には二種類の雨音が生まれた。天井から鍋へ落ちる冷たい水と、蓋の中で餃子を蒸す熱い水。
「この家、出ようか」と朔良が言った。
引っ越して半年、隙間風も多く、風呂の湯も冷めやすい。安さだけで選んだ家だ。
幹也は焼き上がった餃子を皿へ移した。
「修理してから考えよう。雨の日に決めると、全部嫌に見える」
二人は鍋を避け、狭い台所の床に座って食べた。酢醤油と焼けた胡麻油の匂いが、湿った壁紙の匂いを押し返す。
食後、雨漏りの鍋には指二本分の水が溜まっていた。朔良はそれを庭の鉢へやった。
一週間後、天井は修理された。次の雨の日、台所は驚くほど静かだった。
二人はまた餃子を包んだが、調子が出ない。幹也が箸で空の鍋を軽く叩く。ぽん、と懐かしい音がして、朔良は笑った。焼き上がる湯気には、前の雨の日より少し多く、胡麻油を効かせた。
修理された天井の下には、雨漏りの輪染みが薄く残った。塗り直す話も出たが、二人はしばらくそのままにした。餃子を作る日、朔良は染みの真下へ空鍋を置く。幹也が一度叩けば、二人の手が同じ速さで皮を包み始める。外の雨は強くても、今は床が濡れない。フライパンの蓋を取ると熱い蒸気が天井へ上がり、古い染みを一瞬だけ白く隠した。
食後、空鍋には餃子の焼けた匂いが移っていた。朔良は洗う前にもう一度だけ箸で叩く。ぽん、という丸い音が、やんだ雨の代わりに静かな台所へ残った。