雪の日の四皿目

カレー店「ミモザ」は、雪で商店街が止まった日も開けた。客は一人も来ない。横溝睦生と若槻は、冷蔵庫の鶏肉を前に、仕込むか捨てるかを決められずにいた。

店主は銀行へ相談に出たまま戻らない。今月の家賃は未払い。横溝は先週、「次の給料が遅れたら辞めます」と伝え、今日は私物を取りに来ただけだった。

「火を通さないと明日まで持たない」

若槻が玉葱を出した。

「明日、店あるんですか」

「鍋があるうちは」

二人で玉葱を刻んだ。横溝が炒め、若槻が鶏肉を焼く。窓の外では雪が横向きに流れ、店内には油の音だけが響いた。昔は四人いた厨房も、今はすれ違う相手すらいない。

横溝と若槻は、半年前の繁忙日に大喧嘩した。若槻が横溝の注文ミスを店主へ報告し、横溝は告げ口だと責めた。その後、若槻が客へ頭を下げ、差額を自腹で埋めたことを、横溝は昨日になって知った。

「何で言わなかったんですか」

「言ったら、次も甘えるだろ」

「甘えませんよ」

「じゃあ今、鍋見て」

ルーを入れる前に底が焦げかけていた。二人で鍋を持ち上げ、中身を別鍋へ移す。焦げた部分を残し、少し薄くなった分はトマト缶で整えた。味見の匙が同時に伸び、ぶつかった。

夕方、カレーは四皿分だけ完成した。店主、若槻、横溝。それでも一皿余る。若槻は何も言わず、四皿目を保存容器へ入れ、蓋に横溝の名字を書いた。

「俺の分、もうありますけど」

「明日の分」

「来るって言ってません」

「だから冷蔵庫に入れる」

店が明日も開く保証はない。給料が出る保証もない。窓の外の雪は深くなり、客の足跡は最後まで一つもつかなかった。

帰り際、横溝はロッカーから私物のマグカップを出した。持ち帰るための紙袋も用意していた。けれど雪道で割れると思い、流しの上へ伏せて戻した。

翌朝に食べる四皿目と、乾くのを待つカップが店に残った。若槻のカップと並ぶと、取っ手の向きまで同じだった。横溝は鍵を返さず、雪の下の入口段差だけを靴で探してから、シャッターを下ろした。