雪崩の無線

三十年前に死んだ救助隊員が、吹雪の無線に応答した。

雪洞の入口は半分埋まり、足首は動かなかった。現在地を送信しても基地から返事はない。予備の古い無線機へ切り替えると、低い男の声が入った。

『遭難者、聞こえるか。こちら北稜救助班』

その呼出符号は、記念碑で見たことがある。三十年前の大雪崩で全員が死亡した救助班だ。

「こちら単独登山者。標高二千六百、旧避難小屋の北」

『旧? 小屋は去年建ったばかりだぞ』

男は山を、今は使われていない名前で呼んだ。私が衛星測位の座標を伝えると、「人工衛星で何がわかる」と笑った。背後では、古い気象通報の符号が流れている。

それでも彼の指示は正確だった。呼吸の整え方、足を圧迫する雪の逃がし方、凍傷を防ぐ指の動かし方。声が途切れるたび、私は三十年前の死者に置き去りにされた気がした。雪洞の右壁を掘ると非常食の缶が出た。錆びていたが、中身は無事だった。缶の底には救助班の印と、三十年前の日付が刻まれていた。男はそれを「昨日置いた」と言った。

『明朝、そちらへ向かう』

「駄目だ。北稜は雪崩れる」

『予報は快晴だ』

私の端末では暴風雪警報が出ている。男の側では星が見え、風も弱いという。会話のたびに天候が食い違った。

無線機の底に、製造年が刻まれていた。事故の前年。さらに男が告げた日付は、救助班が死亡した日の前夜だった。

「明日の正午、三番雪庇が落ちる。北稜へ入るな」

『なぜ知っている』

「あなたたちはそこで死んだ。慰霊碑に全員の名がある」

雑音が長く続いた。

『君は、三十年先にいるのか』

「たぶん」

男は笑わなかった。代わりに、基地へ戻って全ルートを閉鎖すると約束した。そして私の位置を、未来の記録へ残すと言った。

夜明け前、雪洞の外でエンジン音がした。現代の救助隊が、古い保管記録にあった座標を見て来たという。記録の末尾には、事故で死んだはずの班長の筆跡で《三十年後の遭難者を救え》とあった。

搬送後、慰霊碑を確かめた。班長の名は死者欄から消え、《救助功労者》の列へ移っていた。