靴底の夢
町の靴修理職人は、毎晩一足の靴底を夢に見た。
翌日、その靴を履いた人が最初につまずく。
顔も場所も分からない。
擦り減った底と、土の色だけが見える。
職人は店へ来た靴を確かめ、夢と同じ物があれば黙って補強した。
通学靴、革靴、長靴。
小さな転倒が減り、客は腕がよいと評判した。
発表会前夜、夢に白い舞台靴が現れた。
孫娘が踊るときに履く、つま先の硬い靴だった。
職人は朝一番で靴を預かり、底を張り替え、紐も新しくした。
「これで転ばない」
孫娘は礼を言わず、靴を鞄へ入れた。
会場で、孫娘は舞台へ出なかった。
袖口の段差につまずいたのではない。
出番の直前、自分から床へ座り込んだ。
職人が駆け寄ると、
「靴は悪くない」
と孫娘は言った。
前回の発表会で失敗し、動画を何度も家族に見られた。
皆は励ますつもりで、
「次は大丈夫」
と言った。
孫娘には、また正しく踊らなければならない命令に聞こえた。
夢の靴底が示したつまずきは、舞台上の転倒だけではなかった。
「踊らないのか」
職人が尋ねる。
「分からない」
「今日だけ?」
「それも分からない」
職人は、修理した靴を見た。
壊れた場所が分かれば直す。
それが仕事だった。
しかし怖さは、底を張れば消えるものではない。
「靴、返して」
孫娘が言う。
職人は渡した。
履いて舞台へ出るためではない。
自分で持って帰るために。
発表会では代役が踊った。
家族は残念がり、職人も少し悔しかった。
それを隠さず、
「見たかった。でも、出ろとは言わない」
と伝えた。
孫娘は一か月、踊らなかった。
その後、家の台所で裸足のまま音楽を流し、少しだけ動いた。
職人は見ていないふりをした。
春、孫娘は白い舞台靴を店へ持ってきた。
「底を薄くして。床を感じたい」
「転ぶぞ」
「転んだら、自分で立つ」
職人は注文どおり直した。
靴底の夢はその後も、つまずく人を知らせた。
職人は補強する前に、持ち主へ尋ねるようになった。
「滑らないようにしますか。それとも、足裏を残しますか」
安全な靴が、いつもその人の進みたい靴とは限らなかった。