靴箱の小さな金属音

若者向けの緊急避難アパートで、玄関の暗証番号が外部へ漏れた。夜中に知らない男がドアノブを回し、住人の一人が警察を呼んだ。翌朝、管理人は新しい錠前を置き、「夕方まで戻れない」と仕事へ行った。

島津脩也は、その日で出るつもりだった。借金を作った先輩が住所を探している。自分がいれば、ほかの住人まで巻き込む。

有村栞子は説明書を開いた。

「外す方、やって」

「俺、もう鍵いらない」

「今ついてる鍵は全員いらない」

脩也はドライバーを取った。古い錠前のねじは一本だけ潰れていた。輪ゴムを噛ませても回らず、二人でペンチを使った。栞子が押さえ、脩也が少しずつ力をかける。ねじ頭が折れそうになるたび手を止めた。

外した穴へ新しいシリンダーを差し込み、室内側の金具を締める。扉を閉める前に何度も動作を確かめた。鍵は五本。住人は四人だった。

「余りは管理人用」

「六本あるはずだろ。説明書に」

「一本、予備」

栞子は予備を小さな封筒へ入れ、玄関脇に並ぶ番号錠付きの靴箱へしまった。脩也は見ないふりをして、荷物を持って夜勤へ出た。仕事が終われば、そのまま始発に乗るつもりだった。

午前三時、駅のベンチで先輩からの着信が続いた。脩也は電源を切り、行く先のないまま歩いた。雨が降り出し、気づけばアパートの前にいた。

新しい鍵は持っていない。呼び鈴を押そうとしたとき、脩也は番号錠付きの靴箱を見た。自分の四桁を合わせると、奥に封筒が入っていた。中には予備の一本と、〈内側からチェーンも〉というメモだけがある。

扉の向こうから、誰かの寝返りと冷蔵庫の作動音が聞こえた。脩也は以前の家で、夜中に鍵を開ける音がすると息を止める癖がついた。今は自分の手で開け、閉め、内側から確かめられる。封筒には返却期限も条件も書かれていない。だから余計に怖かったが、鍵を握った手は、駅にいたときより震えていなかった。

脩也は鍵を回した。小さな金属音がして扉が開く。入ったあと、言われた通りチェーンを掛け、濡れた作業靴を空いていた段へ戻した。