預言書の余白は消えない
北の火山噴火を言い当てた功績で、宮廷予言官ヴァルド・セインは御前会議の中央に立った。
「星の配列から危機を読み解いたのは私です」
記録官イシェル・ノクタは、壁際で古い預言書を抱えていた。火山を示すのが星ではなく、頁の余白に並ぶ煤の数だと気づいたのは彼女だった。ヴァルドは避難が成功したあと、その解読文を写し、自分の予言として発表した。
「記録官は私の言葉を書き留めただけです」
国王が預言書を指した。
「ならば、後世のために解読者署名を入れよ」
ヴァルドは満面の笑みで羽根ペンを取った。署名者には《救国の賢者》の称号が与えられる。
彼が自分の名を書くと、余白の煤が一斉に舞い上がった。
預言書の余白には、書き込まれた文字だけでなく、消された文字も残る。解読者署名は、その全履歴を開示する最終封印だった。
黒い粒が空中で文章を作る。
――第六月二日、記録官イシェル・ノクタ。《煤は噴煙の回数。七列目は北峰》と注記。
――第六月三日、避難案を提出。受領者、ヴァルド・セイン。
――同日、ヴァルド・セインが注記を削除。
続いて、消去時に吹き込まれた彼の声が響く。
『記録官の名では王は動かん。私の予言として出せば民が助かる。称号も報奨も私が受けるが、それは必要経費だ』
会議室の誰も笑わなかった。
ヴァルドは慌てて頁を閉じようとしたが、自分の署名が封印を固定している。さらに赤い文字が現れた。
――避難命令発令後、ヴァルド・セインが予言日時を二日前へ改竄。
「民が助かったのだから、誰の名でも同じではありませんか!」
彼の叫びに、イシェルは預言書を抱き直した。
「同じなら、消す必要はなかったはずです」
預言書の表紙にあった《宮廷解読者》の金文字がほどけ、イシェルの名へ結び直された。火山麓から届いた避難完了の札が机に積まれ、その一枚一枚が、消された注記によって救われた暮らしの重さを示していた。
国王は短く息を吐き、近衛隊長へ手を上げた。
隊長が逮捕命令を開く。
「ヴァルド・セイン。王命に関わる記録の改竄および功績詐称により、宮廷予言官を罷免し、身柄を拘束する」