顔を忘れる煮込み皿

一夜市場の食器屋で、ジニアは白い深皿を見つけた。縁に青い小花が描かれている。母が使っていたものと同じだった。

「その皿は、亡くなった人の料理を一度だけ再現する」

店主が言った。

「代金は、その人の顔の記憶だ」

明日、弟のフェンが町を出る。姉弟で暮らした家を売り、遠い土地で家庭を持つ。最後の夕食に何が食べたいか聞くと、彼は冗談めかして言った。

「母さんの豆煮込み。姉さんのじゃなくて、本物の」

ジニアは笑って鍋を叩いた。母の死後、何十回も作った。香草の順番も、豆を潰す匙の回数も覚えている。それでもフェンは一口食べるたび、「惜しい」と言った。二人で笑えるうちは、その一言も母の思い出の一部だった。明日からは、失敗作を食べてくれる弟もいない。

足りないものが何か、二人とも知っていた。

店主は皿へ乾いた豆を一粒置いた。すると湯気が立ち、母の台所の匂いがした。玉葱の甘さ、焦がした香草、最後に落とす酸っぱい果汁。

ジニアの目に、鍋を覗く母の横顔が浮かぶ。

笑うと鼻に皺が寄った。怒ると唇の左だけが上がった。病が進んでも頬紅を引き、子どもたちの前では元気な顔を作った。

そのすべてを渡せば、味だけが戻る。

「弟は顔を覚えています」

ジニアが言うと、店主は頷いた。

「なら、必要なときは弟さんに教えてもらえばいい」

簡単に言うと思った。顔は説明できない。目の色や鼻の形を並べても、朝の光で変わる表情までは戻らない。

けれど明日から、フェンは別の家の食卓に座る。いつか子どもが生まれたら、母の料理を話すかもしれない。そのとき舌に本物の味が残っていれば、記憶は一人分で終わらない。

ジニアは深皿を両手で持った。

「母の顔で払います」

店主が青い小花を指でなぞる。皿の底に湯気が満ち、代わりに母の顔が白く霞んだ。

鼻の皺が消える。片方だけ上がる唇が消える。最後に、病床で「フェンを頼む」と笑った目が消えた。

皿には、熱い豆煮込みが満ちていた。

ジニアは泣きながら一口すくった。懐かしい味だった。けれど、誰を懐かしんでいるのかを映す顔だけが、もうどこにもなかった。