風速十二メートル

洋上風力設備の保守費精算会議で、高嶺沢葉月は下請け保守会社の安全担当として、遅延違約金三千万円を請求されていた。タービン点検を二日延期したため、発電機会を失ったという。

元請けの鳴神所長は、作業予定日の平均風速が十一・八メートルで、安全基準十二メートル未満だったと説明した。延期は下請けの都合だという。

葉月は気象計の生ログを開いた。平均は十一・八でも、十分間最大風速は十六・四。契約の安全基準は「最大風速十二メートル以上で中止」と明記されている。

鳴神は、最大値は瞬間的で作業判断に使わないと反論した。

葉月は作業許可証を示した。元請けの海上監督が当日午前六時十二分、「強風のため乗船不可」と署名している。ところが違約金資料では、その一行が白く消され、「下請け要員不足」と書き換えられていた。

書き換え版の電子署名時刻は午後二時三十七分。監督はその時刻、救急搬送で通信不能だった。署名証明書も、鳴神所長の端末から発行されている。

さらに葉月の会社は待機要員十二名の名簿を午前五時に提出済みだった。要員不足ではない。

鳴神は、契約を守るなら多少の風で止めるなと言った。

「発電は一時間ごとに金が動く」

葉月は海上作業員の安全誓約書を机へ置いた。

「落ちる人も、一秒ごとに動きます」

下請け社長は次の保守区画を失う恐れから黙っていた。葉月は違約金合意書への安全印を拒んだ。

葉月は海上監督の救急搬送記録も示した。強風で船が大きく揺れ、監督自身が負傷していた。鳴神は軽傷だと退けたが、医師の診断時刻は午前七時四十分。安全中止が過剰判断だったという説明は、搬送された監督の署名より弱かった。

待機船の船長もオンラインで呼ばれ、出航を止めたのは元請けの海上監督だと証言した。葉月側から延期を申し出た記録は一件もなかった。

元請け役員が気象台へ確認し、十六・四という値が読み上げられた。三千万円の決裁は、風速十二メートルの線を越えられなかった。