首輪の裏の電話番号
十七時五十分。大河内明良は保護猫施設で、雪村夕映とマッチした。譲渡面談が終わるまで十分。二人のプロフィール写真には、同じ茶白の猫が写っていた。
猫の名はミント。交際中に二人で保護し、別れた後は夕映が引き取った。だが彼女の転居先で飼えなくなり、施設へ預けられたと聞き、明良も譲渡を申し込んだ。ミントが夜中に鳴くと、二人は交代で床に寝た。どちらがより懐かれているか競いながら、いつか家族になる話だけは冗談にした。別れた日、猫だけが玄関で二人の間を往復した。夕映が連れて出ると、明良は餌皿を一つだけ残した。捨てれば、猫だけでなく三人だった時間まで消える気がした。青いタグは、初めて三人で眠れた夜に買ったものだ。
「猫目当てで右にした?」と夕映が聞く。
「半分は」
「残り半分は?」
「面談が終わってから考える」
二人は昔と同じように、肝心な部分を冗談へ逃がした。ミントの首には青い革のタグがある。表に夕映、裏に明良の電話番号。別れた日に明良は、自分の番号を消してくれと言った。
「消さなかったんだ」
「削ったよ。でも読める程度にしか削れなかった」
職員は、単身で出張の多い二人には譲渡が難しいと言った。共同飼育なら条件を満たすが、同居予定の証明が必要になる。
「無理ですね」と明良が答える。
「そうですね」と夕映も重ねた。
面談終了の直前、職員がタグを外して裏を見た。
「これ、番号の下にも文字があります」
削れた革へ、夕映の字で〈家族二人〉と刻まれていた。施設へ預ける前夜に書いたらしい。
同時にアプリへ、九分前のメッセージが届く。
〈ミントだけじゃなく、明良とももう一度暮らせる部屋を探してる。右なら、冗談にしないで〉
夕映は送信失敗だと思い、取り消そうとしていた。明良は彼女の手から携帯を下ろさせた。
過去を猫のためだけに戻すことはできない。けれど、猫を言い訳にして始め直すことならできるかもしれない。
二人は新しい住所を空欄にしたまま、共同譲渡の誓約書へ署名した。