魔王軍第零牢の囚人

魔王城の地下零階には、殺せない者だけを入れる牢がある。

その最奥で、囚人アレシドは百年、石椅子に座っていた。両手首を鎖で壁へつながれ、背筋を伸ばし、閉じた目さえほとんど動かさない。

新しい獄長になった黒竜ドゥラハは、それを無抵抗と勘違いした。

「歴代の獄長は臆病者だ。死なないなら、死にたくなるまで焼けばよい」

見張りの魔族たちが止める間もなく、ドゥラハは鉄格子越しに炎を吐いた。地下岩が赤熱し、隣の牢の結界が溶ける。

獄長は囚人の悲鳴を待った。

代わりに聞こえたのは、鎖が一度だけ鳴る音だった。

煙が格子から抜ける。アレシドは同じ姿勢で座っていた。背筋も、膝に置いた指も、閉じた瞼も変わらない。囚人服どころか、手首の古い鎖まで冷たいままだった。

ドゥラハは格子へ鼻先を寄せる。

炎は確かに当たった。壁も床も焼けている。なのに男の周囲だけが守られたのではない。男に触れている鎖まで、炎の支配から外れていた。

「起きろ」

アレシドが目を開く。

「眠ってはいない。百年、交代の合図を待っていた」

その声に、見張りたちが顔を伏せる。零牢の記録には、初代魔王を守った不死の盾将の名がある。反逆の濡れ衣で投獄され、処刑できなかった男。その名がアレシドだった。

古参の見張りが一人、鉄格子の前で膝をついた。続いて二人、三人と頭を下げる。彼らが百年間恐れていたのは囚人の脱走ではない。忠臣を閉じ込めた罪が、いつ裁かれるかだった。

ドゥラハは記録を知らないふりをした。

「肉が焼けぬなら魂を焼く。《黒葬炎》!」

二撃目は光を出さない。炎は影だけを喰らい、触れた者の記憶と魂を灰にする。牢全体が闇へ沈み、見張りたちの角から色が失われた。

闇がほどける。

アレシドは同じ姿勢で座り、今度は目を開けていた。背後の壁に映る影も、百年前の濃さのままだ。

「お前の炎で、鎖の封印文字が消えた」

冷たい鎖が、床へ落ちる。

男は立たない。ただ指を一度曲げただけだった。それだけで、地下全体の防壁が彼を主と認めて低く鳴る。

黒竜ドゥラハは、座ったままの囚人から一歩退いた。