黒いスマートフォン
「俺の電話は青だ」
波多野陸は、取調室の机に置かれた黒いスマートフォンを見て言った。
碓井菜摘警部補は画面を点灯した。端末には被害者を襲う時刻と場所、逃走経路まで記したメモがある。これを認めさせれば、傷害事件は終わる。
「同じ機種を二台持っていたんじゃないの」
「一台だけだ。右上が割れて、青い地が見えてた」
「押収票には黒とある」
「書いたのは、あんたらだろ」
観察窓の向こうで郡司将司刑事課長が腕時計を叩いた。早く署名を取れという合図だった。
菜摘は逮捕時の胸部カメラ映像を開いた。波多野のポケットから出た端末は濃い青で、右上のガラスが欠けている。画面に一瞬映った端末識別番号の末尾は三一。証拠袋の黒い端末は八八だった。
「このメモ、自分で書いた?」
「書くわけない。そもそも俺、文字入力は音声だ。右手の親指が曲がらない」
黒い端末のメモは、すべて親指のフリック入力で作成された履歴だった。
内線に郡司から文字が届く。
――端末の色はケースの違い。識別番号は記載ミス。続けろ。
菜摘は波多野の番号へ発信した。机上の黒い端末は鳴らない。代わりに、観察室のどこかで短い振動音がした。もう一度かける。今度は金属机の引き出しが震えた。
菜摘は取調室を出て、郡司の前へ立った。
「引き出しを開けてください」
「取調べに戻れ」
「押収端末が中にあります」
郡司は低い声で言った。
「青い端末には、情報提供者との連絡が入っている。公開すれば協力者が死ぬ」
「被害者襲撃の指示もですか」
「組織には、表へ出せない仕事がある。波多野は別件で十分に黒い」
菜摘は観察室の固定カメラを起動し、引き出しを開けた。青い端末が振動している。右上は割れ、識別番号は三一。通知欄には、郡司の業務用端末から送られた暗号化メッセージが残っていた。
波多野が善人かどうかは関係ない。端末を替えれば、警察は誰の過去にも犯行計画を書き込める。
菜摘は青と黒の二台を証拠袋へ分け、識別番号を録音しながら机へ並べた。郡司が通信を切れと命じる。
彼女は取調端末から監察直通を開き、二台が映る画面のまま緊急報告を送信した。