十八時四分の承認
羽衣人材サービスの戸祭佳澄は、半年契約の事務スタッフだった。
決算会議で、社内システム開発費二億円の資産計上が議題になった。社員と派遣スタッフ百二十人が、新しい求人管理システムの開発に従事したという。通常の人件費を費用にせず、将来価値のある資産へ振り替えれば、会社は黒字になる。
「作業者本人の電子承認もそろっています」
情報システム部長が一覧を映した。
佳澄の名前もあった。三月三十一日午後十一時五十八分、開発作業八時間を承認。担当内容の欄には「検索アルゴリズム設計」とある。佳澄がその日に扱ったのは、交通費の領収書と三百人分の住所変更届だった。
「私は承認していません」
「忘れたんだろう」
「その時刻、アカウントは使えません」
佳澄は契約最終日だった。午後六時四分に退館し、受付で社員証と認証用トークンを返却している。
総務部長は「代理承認だ」と言った。
「本人承認と表示されています」
「システム上の名称にすぎない」
佳澄は入退館記録を出した。午後六時四分の退館。その一分後、彼女のアカウントは停止。ところが午後十一時五十八分、停止済みのIDで承認が行われていた。
佳澄は自分の名前が利益を作る材料に使われたことより、退職後なら反論できない人間として選ばれたことが悔しかった。
監査人が接続元を尋ねる。
情報システム部長は答えなかった。
佳澄は自分で取得した操作ログを示した。接続元端末は財務部長室。佳澄だけでなく、退職者や休職者三十七人の承認が、午後十一時五十分から日付が変わるまでの十分快に集中していた。
「開発に参加した実態は?」
「私は通常の給与計算をしていました。システムのコードは一行も見ていません」
財務部長が椅子を鳴らした。
「派遣が機密ログを持ち出すな」
「退職時に、自分の勤怠記録として交付されました」
議長は午後十一時五十八分の行を指で押さえた。
「十八時四分に権限を失った人間が、五時間五十四分後に署名したことになっている」
承認画面の二億円の横で、監査人が赤い停止標識を選んだ。
「資産計上の決裁を止めます」