『印刷枚数は一枚』
安全会議の朝、神谷戸陸は十四枚の匿名告発書によって自宅待機を命じられた。
〈神谷戸は圧力弁の月次点検を省略し、記録だけを作成した〉
工場長の鴨志田守は、束を机へ叩いた。
「設備を預かる資格がない。今日から現場を離れろ」
点検主任の深町伊織が、告発書を一枚ずつめくった。
表紙だけ紙質が違う。
「匿名箱脇のプリンターで出したとありますね」
鴨志田はうなずいた。
深町が印刷履歴を投影する。告発時刻のジョブは一件、印刷枚数は一枚だけだった。十四枚のうち、そこで印刷されたのは表紙だけ。残り十三枚は、神谷戸が提出した正式点検報告のコピーだった。
「誰かが後から資料を足したんだろう」
「誰が原本を持っていましたか」
共有フォルダの閲覧履歴では、告発の前夜、鴨志田だけが神谷戸の報告をダウンロードしている。報告の最終ページには本来、〈圧力上昇を確認。稼働停止と弁交換を要請〉とあった。匿名告発書では、その一行と神谷戸の電子署名が切り落とされていた。
鴨志田は、署名のない報告を信じられなかったと言った。
深町はメールを開いた。神谷戸は停止要請を鴨志田へ送り、設備担当と安全室をCCにしている。鴨志田は〈月末までは稼働継続〉と返信。その翌日、弁が破損した。
匿名通報の表紙を作った端末は工場長室。会議室予約には、事故公表前夜の〈説明方針整理〉があり、添付メモに〈点検省略として処理〉と記されていた。
神谷戸は束を閉じた。
「省略されたのは点検じゃない。僕の停止要請です」
安全統括役員は命令書を回収した。
「神谷戸さんの自宅待機を解除します。主任昇格の審査も再開します。鴨志田工場長は、これより設備区域への立入りを禁止します」
深町は弁の現物写真をスクリーンへ出した。封印シールには神谷戸の点検印があり、交換部品の発注申請も事故前に受理されている。ただし鴨志田が発注を〈予算保留〉へ変更していた。匿名文書には現場でしか分からない傷の位置が書かれていたが、それは神谷戸の報告写真を拡大すれば読める情報だった。鴨志田は十四枚の厚みで嘘を重く見せたが、記録は一枚ずつ軽く剥がしていった。
十四枚の告発書を崩したのは、一枚しかなかった印刷記録だった。