『赤字のコメント主』
降格査定の面談で、比留間修は企画盗用の責任を問われていた。上司の柏原未歩が提出した高齢者向け宅配企画と、修の個人ファイルが同じだったからだ。
「部下が私の案をコピーした」
柏原は人事の柳瀬章へ訴えた。
「注意すると逆恨みし、私が盗んだと言い始めました」
修は反論せず、企画書のコメント欄を開いてほしいと言った。現在の共有版ではコメントはすべて削除されている。柳瀬が復元すると、赤字の吹き出しが四十三件現れた。
『対象世帯の定義を広げる』『ここは比留間さんの試算を採用』。コメント主は柏原だった。さらに最初の二十件は質問ばかりで、『この数値の出典は?』『なぜこの順番?』と、発案者なら知っているはずの内容を修へ尋ねていた。修の回答後にだけ数値が更新され、柏原自身が入力した根拠データは一件もなかった。面談室の時計が進むほど、彼女の説明は短くなった。
柏原は笑った。
「だから私が指示して作らせたのよ」
「最初のコメントの日付を見てください」
修が指す。柏原が初めて書き込んだのは五月二十日。修の初稿は四月二日から版履歴が続いていた。しかも五月二十日のコメントには、『初めて見たが、面白い』とある。
柏原の笑みが薄れた。修は最後まで、彼女の言葉を遮らなかった。
「表現上の言葉です」
柳瀬はさらに監査記録を開いた。査定提出前夜、柏原は修のファイルを複製し、作成者欄を自分へ変更。その後、修の個人フォルダへ同じコピーを置き、更新時刻を新しくしていた。修が後から盗んだように見せるためだ。
「管理者権限でバックアップしただけです」
「バックアップなら、コメントを全部消す必要はありません」
柳瀬は修の降格案を机の脇へ退けた。
「比留間さんの降格は撤回。企画責任者に任命します」
そして別の査定票を柏原の前へ置いた。
「柏原さんは課長職を解き、懲戒審査へ回します。赤字のコメントが、作成者を証明しました」