いちばん大きな字

片岡真琴は、希望を書くときだけ字が小さくなった。

社内の異動希望書では、第一志望より「現部署でも可」を大きく書く。研修の参加欄にも、空きがあれば、と添える。望みを目立たせなければ、叶わなかったときも恥ずかしくない。上司には「特にこだわりはありません」と答えながら、本当は商品企画部へ移りたかった。前年の面談でも同じ希望を書いたが、第二志望と補足を大きくしすぎて、「現状に満足している」と受け取られた。真琴は訂正できず、うなずいた。

提出期限の前日、図書館の記入台で希望書を見直していると、向かいの女の子が夏休みの目標カードを書いていた。ふたば、七歳。四角い枠いっぱいに「クジラを見る」と書き、「ラ」がはみ出している。

「枠から出てるよ」と真琴が言うと、ふたばは気にせず色を塗った。

「小さい字だと、クジラが入らないから」

ふたばは真琴の紙を覗いた。細い文字で書かれた「商品企画部」の横に、消しゴムの跡が白く残っている。

「それ、アリに出す手紙?」

「会社に出すの」

「じゃあ会社の人、虫めがねいるね」

ふたばは自分の鉛筆を差し出した。芯が丸く、細い字は書けそうにない。

「一番行きたいところ、一番大きく書いて」

真琴は子どもの遊びに付き合うつもりで、別の紙へ「商品企画」と書いた。字は不格好で、最後の「画」が隣の線へ触れた。ふたばは満足し、カードを抱えて母親のところへ走っていった。

ふたばの目標カードは、最後の文字が枠を越えたまま掲示板へ貼られた。遠くからでも、何を見たいのかすぐ分かる。真琴の希望書は整っていたが、読み返すほど、どこへ行きたい人の紙なのか見えなくなっていた。

帰宅後、真琴は正式な希望書を開いた。「現部署でも可」の一文を削除する。理由欄には、足りない経験を並べる代わりに、企画部で試したい提案を三行書いた。

入力欄の幅は、どの部署名にも同じだけ用意されていた。真琴が勝手に自分の希望だけを縮めていたのだ。カーソルを文字の末尾へ置き、言い訳を足すための余白を空けない。

最後に第一志望の欄を選び直す。小さく縮めた文字ではなく、画面の標準サイズのまま、「商品企画部」と入力した。

真琴は補足をつけず、その文字が一番上に見える状態で提出した。