おかえりを待つ昇降神

集合住宅の管理人が、エレベーターの隅に小さな神様を見つけた。

作業着を着て、頭に階数表示のような赤い数字を載せている。

「誰かが帰ってきた者へ『おかえり』と言った階でなければ、降りられぬ」

昇降神は一階から最上階まで何度も往復し、すっかり目を回していた。

管理人は事務室へ連れていこうとしたが、扉が開いても神様の足は床から離れない。

仕方なく、飴と小さな座布団をエレベーターへ置いた。

住人たちは帰宅しても、静かに自室へ入る。

単身者が多く、廊下で「おかえり」を聞くことはなかった。

夕方、鍵を首から下げた子どもが乗ってきた。

五階で降り、誰もいない廊下へ、

「ただいま」

と言った。

神様は身を乗り出したが、降りられない。

「返事が足りぬ」

と肩を落とした。

その子どもは毎日、母親が帰るまで管理人室で宿題をした。

管理人は「おかえり」と言おうか迷った。

家族でもない自分が言えば、母親の代わりを取るような気がした。

数日後、七階の老人が病院から戻った。

一人暮らしで、迎えはない。

杖をつき、大きな袋を引きずってエレベーターを降りる。

管理人が荷物を持とうとすると、

「自分で帰れる」

と断った。

五階の子どもが、たまたま同じ箱に乗っていた。

老人の顔を見て、

「おじいさん、久しぶり」

と言う。

老人は、

「入院してた」

と少し誇らしそうに答えた。

扉が閉まりかける。

子どもは廊下へ飛び出し、

「おかえり」

と叫んだ。

昇降神が老人の肩へ跳び、七階の床へ降りた。

赤い数字が柔らかく光る。

老人は何も見えないらしく、子どもへ、

「ただいま」

と返した。

その夜、管理人は五階の子どもが戻る時刻を待った。

エレベーターが開く。

「ただいま」

いつものように子どもが言う。

管理人は事務室から顔を出した。

「おかえり」

子どもは驚き、

「ここ、私の家じゃないよ」

と言った。

「知ってる。建物へ帰ってきたから」

「じゃあ、管理人さんも、おかえり」

外回りから戻った管理人へ、今度は子どもが返した。

昇降神はそれ以来、姿を見せない。

けれど建物では、顔を知る人同士が時々「おかえり」を交わすようになった。

家族の代わりになる言葉ではない。

同じ屋根へ戻った誰かを、今日も見失わなかったという、小さな返事だった。