お薬の時間です

療養館付きの侍女ロウェナは、鐘が六つ鳴るたび同じことを言った。

負傷兵の包帯を替え、空の水差しを満たし、苦い薬へ蜂蜜を一滴だけ落とす。重傷の騎士ゼファーにも特別扱いはなく、飲み終えるまで無言で寝台脇に立っていた。

襲撃の夜、ゼファーは眠ったふりをしていた。

巡回医を装った男が一人、衝立の陰から現れる。

胸元には偽の聖印。指には触れるだけで心臓を止める毒針。《弔医》と呼ばれる暗殺者だった。男は包帯の下にある戦勝の証を奪うため、寝台へ手を伸ばす。

ロウェナは薬匙を杯へ入れた。

からん、と一度だけ鳴る。

次にゼファーが薄目を開けると、男は消えていた。

ロウェナはいつもの位置で薬を混ぜ、衝立も窓も動いていない。だが磨かれた水差しの腹だけが、遅れて真実を映した。

毒針が届く寸前、ロウェナは薬匙の柄で男の手首へ触れた。たった一度の接触で脈の流れを逆転させ、指先の毒を持ち主の心臓へ戻す。男が崩れるより早く襟を掴み、薬品戸棚の空き棚へ収めた。

脈を読み、命の流れを一拍だけ止める秘技。

各国の王を病死に見せかけた伝説の暗殺者《脈断ち》しか使えない。

ロウェナは男の偽聖印を外し、毒針と一緒に証拠袋へ封じた。戸棚の背板を押すと、夜警詰所へ通じる搬送箱が静かに下りる。男はまだ生きている。朝には尋問室で目覚めるだろう。

床へ落ちた薬の一滴を布で拭き、乱れた包帯箱を揃える。消毒香を焚けば、侵入者の匂いも消えた。

「起きているぞ」

ゼファーが囁くと、ロウェナは杯を差し出した。

「でしたら、ちょうどようございました」

「お前は脈断ちなのか」

「脈が速うございますね。怖い夢でも?」

騎士は答えられなかった。

彼女の指は薬杯を支えるだけなのに、先ほど男の命を握った手だと知ってしまったからだ。

杯の底まで飲むと、ロウェナは蜂蜜の瓶を閉じ、寝具の皺を直した。療養館は静まり返り、誰も侵入者の存在に気づいていない。

彼女は次の杯を盆へ載せ、隣の病室へ向かう。

扉を開ける前、最初と同じ穏やかな声が響いた。

「お薬の時間です」