ごま油を一滴
八代澄花の弟は、袋麺を必ず煮すぎる。
麺を入れてから洗濯物を取り込み、戻ってくるころには鍋の中でふくらんでいる。明日から澄花が入院すれば、しばらく夕飯は弟が自分で作ることになる。
「別に伸びても食べられる」
「食べられると、おいしいは違う」
澄花は時計を食卓へ置き、二人分の湯を沸かした。病院でもらった説明書の上に置いたので、三分の数字だけが見える。治療の日数も、その先も、今夜は測らない。
湯が沸いたら麺を入れ、すぐ箸でほぐさない。三十秒待ってから上下を返す。弟は横で卵を割り、殻のかけらを落とした。澄花は箸の先で拾い、流しへ捨てる。
粉末スープは火を止めてから。器へ先に入れると、底で固まるから鍋へ直接。澄花が説明するたび、弟は「知ってる」と言いながら初めて見る顔をした。
二分四十秒で火を止める。器へ移している間にちょうど三分になる。最後にねぎと卵を載せ、澄花は弟の器へごま油を一滴だけ落とした。
「二滴じゃだめ?」
「香りが油に負ける」
二人で台所に立ったまま食べた。弟は最初の一口で舌をやけどし、水を飲んだ。澄花は笑ったが、すぐ麺をすすった。入院中は生卵を控えるよう言われている。黄身を崩すと、熱い汁が濁った。
弟の器には麺が一本も残らなかった。澄花は自分の汁を飲み切らず、鍋へ戻した。二つの器を洗い、底の油を指で確かめる。
弟は空になった袋の裏へ、澄花の言った順番を書き始めた。三十秒待つ、二分四十秒で火を止める、油は一滴。最後だけ二滴と書いたので、澄花は一本線で消した。弟はその上から「姉がいない日は二滴」と付け足す。澄花は訂正せず、次の袋麺と一緒に輪ゴムで束ねた。棚の手前へ立てれば、鍋を出すとき必ず目に入る。
弟は袋の文字を声に出して読み、二分四十秒のところで一度言い直した。澄花は時計を指さし、今度は間違えないのを確かめた。
水切りかごへ伏せると、ごま油の瓶を弟が棚へ戻した。澄花は一度取り出し、注ぎ口を布で拭く。金色の滴が消えたところで、蓋を締め直した。